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東北関東大震災被災労働者人民支援大運動を

女川原発反対同盟 阿部宗悦氏を追悼する (1025号8面)
革労協東北地方委員会

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 7月7日、宮城・女川原発反対闘争を闘いぬかれてきた阿部宗悦氏が心臓病の悪化により急逝された。1926年生まれ、享年86歳であった。

 氏の人生はまさに反原発闘争とともにあった。

 1966年の通産省の女川への「原発設置」へ向けた立地調査、1967年の予定地としての公表にたいして、氏を中心に現地での反対闘争が開始される。県内外の学生・労働者はこれに呼応し、氏らとともに女川原発反対闘争を闘いぬいてきた。とりわけ1971年の送水管埋設工事阻止闘争は実力で座りこみ闘争を貫徹し、逮捕者―起訴者を出しながら闘いぬかれた。これ以降も女川原発反対闘争は、あらゆる形態を駆使した体を張った闘いとして闘いぬかれ、氏はその先頭で闘いぬいてこられたのだ。

 1978年の女川漁協の「漁業権放棄」による売り渡しとそれ以降の「本格着工」にもかかわらず氏を先頭に不屈の女川原発反対闘争は続き、1981年には氏を原告団代表とする「女川原発差し止め訴訟」が開始される。

 氏は、1983年の女川原発一号炉の試運転開始、1984年の営業運転開始以降も女川原発の繰り返しの事故の監視・追及・弾劾闘争を闘いぬき、二号炉・三号炉の増設反対運動に奔走される。1995年の二号炉、2002年の三号炉の稼働以降も、監視・追及・弾劾闘争を一貫して闘いぬいてこられた。

   (2)

 また、氏の姿は反原発の闘いと共に、反弾圧や反戦の闘いの先頭にあった。

 氏は、反人民的宗団・オウム真理教による1994年の「松本サリン事件」を口実に、革命的左翼や戦闘的大衆運動の解体を目的とした1996年「オウムへの破防法団体適用」に反対する「3・11破防法の発動を許さない仙台集会実行委員会」の呼びかけ人となり、その先頭で闘いぬかれた。

 1998年には、「『有事法制』に反対する宮城県実行委員会」の呼びかけ人になり、陸自王城寺原演習場での在沖米海兵隊実弾射撃訓練阻止闘争、宮城県での「憲法改悪」―「公聴会」粉砕闘争、「教育基本法改悪」―「公聴会」粉砕闘争にも熱い連帯と注目を寄せられていた。

 6・15安保粉砕・政府打倒全国統一行動や10・21国際反戦デーの闘いには、「原発は百害あって一利なし。政治屋と電力資本家どもを許さず、すべての原発の廃止に向けて全力を尽くして闘おう! 反戦・反原発・反核を共に闘おう!」という熱烈な連帯アピールを常に寄せられていた。

 惜しくも、今年の6・15―17安保粉砕・政府打倒全国統一行動に寄せられた「『安保粉砕』『政府打倒』を正面に掲げた本日の闘いに決起した皆さんこそが、次の世代に責任ある者として、反原発の闘いの最先頭に起って下さい。共に闘いましょう」が氏の最後のアピールとなってしまった。

   (3)

 昨年の3・11東北関東大震災で、氏が住む女川町は津波によって壊滅的な被害を受け、氏の自宅も流された。氏は自らも被災し体調を崩されながらも、女川原発に対する怒りを原点として、福島第一原発事故への怒りをバネとして、「福島第一原発は放射能漏れという事故を起こし、われわれが前から心配していたような事態が起こっている。原発推進派の学者を登場させての『安全』という報道に惑わされず、政府と東京電力を追及しなければならない。福島原発、女川原発を始めとする全国の原発を止める闘いを強化していこう。全国の闘う仲間の皆さん!被災地の支援、反原発の闘いを訴える」というアピールを発し、全国の闘う仲間へ反原発闘争の強化と被災地支援を呼びかけられている。

 氏は移り住んだ仮設住宅に「原発廃炉」の旗を掲げていたが、その旗に象徴されるように、氏の反原発の闘いに命をかけた執念はすざましく、体調が悪化しても犖業反対―再稼働阻止瓩妨けた闘いに参加するなど、亡くなられる直前まで、地元はもとより全国をかけて、闘いぬかれていたのである。

 政府は6月16日、「安全基準を満たしている」として福井・大飯原発を再稼働させ、現在停止中の全国の原発再稼働を狙っている。6月27日の東北電力株主総会で電力側は、「安全対策に取り組み、運転再開に向けて地域の皆様の理解を求める」と女川原発再稼働を明らかにしている。

 女川原発再稼働阻止の闘いを前に、氏が亡くなられてしまったことは、余りにも残念である。

 氏は、まさに死の直前まで反原発闘争に闘志を燃やされ、闘いのなかで逝った。

 われわれは、反原発・反核燃を共に闘うかけがえのない先達を失った。心から哀悼の意を表するとともに、氏の遺志を引き継ぎ、すべての原発の再稼働阻止―廃止、青森・六ヶ所核燃再処理基地解体、日帝の核武装化阻止に向けて闘いぬくことを、ここに決意し、追悼とする。