解放トップ
トップに戻る
解放最新号
バックナンバー
論文
定期購読

東北関東大震災被災労働者人民支援大運動を

8・13〜15福岡日雇い団結夏祭りを開催 (1030号3面)

 今年も8月13日から15日までの3日間、福岡・築港日雇労働組合を軸とする実行委員会の手によって、博多駅前の明治公園において、福岡日雇い団結夏祭りが開催された。今年の夏祭りは、「失業に負けるな! 夏の暑さに負けるな! 力を合わせて生きぬこう!」をメイン・スローガンに闘いぬかれた。

 会場の設営から撤収までの作業や、洗い場や警備などの実行委員会の各班には、3年半余りにわたる「仕事よこせ」の対市役所行動に関わってきた仲間たちをはじめ、多くの日雇い・野宿の仲間たちが積極的に参加した。新たに野宿を強いられている若い労働者も多く参加した。生活保護をとって以来、しばらく顔を見せなかった仲間たちも久しぶりに参加した。これらの仲間たちがさまざまな催しに参加することによって、活気ある夏祭りがかちとられた。また、反原発運動に関わる労働者や、失業問題などで社会への疑問を抱く多くの市民が支援に加わり、炊事、洗い場などの仕事を担ってくれた。「一人の野垂れ死にも許すな」と、労働者自身の手で仲間の命を守りぬくこの取り組みには、多くの労働者人民の共感が集まり、多くの資金と物資のカンパも寄せられた。こうした力で、夏祭りの成功はかちとられたのだ。

 「大恐慌時代の再来」が叫ばれ、朝鮮反革命戦争の危機が急激に煮つまるなか、労働者の労働と生活をめぐる状況はますます厳しくなる一方だ。東北・関東大震災の被災地をはじめ、ますます失業者が生み出され、不安定で無権利、低賃金の労働をさせられる「非正規雇用」の労働者が、日本の全労働者の三分の一以上にも達している。多くの労働者が仕事と住む家を失い、新たに野宿生活を余儀なくされている。日雇い・野宿の労働者には、厳しい失業と飢えが襲いかかっている。福岡においては、築港の寄せ場に朝の五時から立って仕事を求めても、業者がまったく来ない日々が続いている。市内の公園などで手配師から声がかかるのは、「福島原発事故処理の仕事」という、危険極まりない被曝労働くらいのものである。

 このかん、福島第一原発の復旧工事を下請けした会社が、原子炉間近の現場で、作業員の被曝線量を少なく見せかけるために、線量計を鉛カバーで覆って作業をさせていたことが明らかになっているが、作業をした12人のうち、会社関係者を除く8人全員が、「違法派遣」で各地から送られてきた労働者であった。しかも、この8人の中には、現に、福岡から送られた労働者が含まれているのだ。仕事がないことにつけこんで、ケタオチの人夫出しや手配師などが手配したものと思われる。こうしたことを許さない現場闘争が今ほど求められている時はない。下請けの「被曝隠し」を承知で、高線量の現場に労働者を送り込んでいる元請のゼネコンや発注元の東電にまで攻め上る闘いとして闘いぬくことが求められている。

 労働者を使い捨てにし、野垂れ死にを押しつける資本家どもと政府は、労働者の不満を戦争でそらそうと躍起になっている。やつらが原発にこだわるのも核武装のためだ。反戦の闘いを強め、こんな政府をぶっ倒し、資本主義社会を葬り去らないかぎり、労働者の未来はない。現場闘争と結びついた「反戦」と「仕事よこせ」の闘いの前進をかちとっていかなければならない。

 今回の夏祭りでは、政府―厚生労働省の出先機関である福岡労働局に対するデモと要求書の提出が行なわれた。後日、これへの回答をめぐって、福日労と労働局との交渉が持たれる予定だ。民間企業による首切りが強められるなか、「民間企業における雇用の拡充を促進する。失業対策事業の方式はとらない」と言い続ける政府の労働行政に対して、さらなる闘いを叩きつけていかなければならない。民間の仕事なぞないなかで、「被曝労働があるではないか」との居直りを許してはならない。被災労働者をはじめとして、全国で失業に呻吟する労働者の先頭に立って、寄せ場―日雇い労働運動こそが、仕事をかちとる闘いの大爆発を切り拓いていくのだ。

 〈一日目〉

 8月13日、朝六時の集合時刻には、すでにたくさんの日雇い・野宿の仲間が集まっている。軍手とタオルが手渡され、全員そろってのあいさつと打ち合わせを済ませたら、さっそく作業開始だ。朝食ができる頃にはすべてのテントが建ち上がり、パレットも布団も敷かれている。会場の中にも外にも、団結夏祭りの開催を告げる横断幕が張られた。途中、大雨のために作業の中断を余儀なくされたものの、会場の形は早くから整った。

 昼食の後、突入集会が開始され、夏祭りの幕が切って落とされた。まず最初に、支援の仲間たちが連帯あいさつのために登壇した。九州大学社会科学研究部の仲間、徳島から来た初参加の学生、洗い場で毎年がんばってくれている労働者、初参加で炊事を手伝ってくれる市民の女性などが次々に発言し、会場からは熱い歓迎の拍手が送られた。次は、実行委員会の各班からの決意表明だ。炊事班の仲間からは、「暑くて食欲のない方もいるでしょうが、おいしいものをたくさん作ります」、洗い場班の仲間は、「洗い物はまかせてください」、警備班の仲間は、「24時間がんばります」。本部の仲間からは、「楽しく意義のある夏祭りにするよう進行させていきます」と、注意事項やルールなどが提起された。「仕事よこせ」のシュプレヒコールで集会を終えていった。

 夕食の後は夏祭り総決起集会だ。全国の寄せ場でも夏祭りが取り組まれていることが紹介され、連帯メッセージが読み上げられる。東京・山谷日雇労働組合からは「灼熱地獄とアブレ地獄をはねかえし、生きてヤツラにやり返していくため、お盆休みで仕事のなくなる時期を、仲間同士の団結で仲間の命を守り、反撃の力を蓄えていこう。全国寄せ場交流会の前進と、全国労働組合運動交流会の躍進に向かって、ともに闘いぬこう」。「反戦・反失業を闘う釜ヶ崎労働者の会」からは「俺たちは4月、5月、6月と、大飯原発再稼働阻止の現地闘争をうちぬいた。猛暑の中、8・6広島反戦闘争を右翼ファシスト『在特会』の敵対を粉砕して闘いぬいた。これからも団結して『反戦・反失業』をともに闘おう」。沖縄・首里日雇労働組合からは「沖縄では、普天間基地へのオスプレイ配備に大きな怒りが沸き起こっている。沖日労は日常的なビラまき情宣と炊き出しを通して、戦争と基地への怒りを共有し闘いにたちあがってきた。ともに団結をうち固め、安保粉砕・政府打倒の大きな闘いをつくり出していこう」。福岡の教育労働者からは「私は教育労働者として日々子どもたちと向き合っているが、『ワーキング・プア』の増大、そして生活格差の拡大は子どもたちにまで影響を及ぼし、次の世代に暗い影を落とし続けていることをひしひしと感じている。今こそ、誰一人置き去りにしない労働運動の真価と、政治と行政の在り方への要求を共有し、表現していくときだ」というメッセージが寄せられた。続いて、実行委員会を代表して、福日労の仲間から、今年の団結夏祭りの基調が提起された。「夏祭りを労働者自身の手で作り上げよう」「『仕事よこせ』の闘いの前進をかちとろう」「『反戦』の声と闘いを強めよう」という提起を、全体の盛大な拍手で確認していった。

 カラオケ大会に続いて、労災認定を求めて提訴した福岡在住の元原発労働者の特集ビデオ「32年前の猗錣个 元原発作業員 たった一人の戦い」の上映や娯楽映画の上映で夜も更け、10時の就寝時間となる。その後は多くの労働者が不寝番を担った。

〈二日目〉

 前夜からの雨が一日中降り続き、スケジュールは大幅に変更されたものの、仲間たちは、ゆったりとした時間を和気あいあいと過ごしている。昼食後のゲームの最中には、夏祭りの妨害だけが目的のニセ「福日労」=ゴロツキ組合によるデモが明治公園近くまでやってきたが、妨害なぞできるはずもない。わずかばかりのゴロツキに「社会党」の水増し部隊がくっついて、20数名のいつもどおりのショボクレデモだ。近ごろは、このショボクレ具合に拍車がかかっている。四倍する数の労働者でこのデモを「お出迎え」してやったのに、シュプレヒコールの声すらまともに聞こえて来ない。どいつもこいつも、横断幕やプラカードをだるそうに肩に担いで後ろに寝かせたまま、足取り重く通り過ぎてゆく。さながら敗残兵の撤退行列だ。これを見た労働者たちからは、「不気味なものを見た」という失笑や、はたまた「元気を出さんかー」というヤジまで起こる始末だ。「ゴロツキ組合を追い返したぞー」という声を上げた仲間たちは、「わっしょい、わっしょい」のかけ声で、意気揚々と明治公園に引き揚げた。

 その後、衣類放出が行なわれ、仲間たちは新しい衣類に着替えた。夕食前の労働者交流会では、前日のアンケート結果が発表された。回答した仲間の55パーセントが野宿をしており、35パーセントが生活保護を受給している仲間たちである。生活保護を受給している多くの仲間を含め、「生活保護より仕事がほしい」という声は、全体の84パーセントにも上った。今回の夏祭りに生活保護を受けている仲間が多く合流したのも、政府、自治体が公的就労対策事業を行なおうとしない一方で、労働者に対して「仕事を探せ、さもなくば保護を打ち切るぞ」と脅すだけの施策に対する強い怒りがあるからだ。「仕事よこせ」の闘いがますます重要であることが確認され、次の日の福岡労働局に対するデモが呼びかけられた。「木村(カントー)さんを守る会」からは「みなさんの温かい声援を受けて、カントーさんを3月に無事取り戻すことができました」という報告が、木村さん本人からは「出所できたのは福日労の皆さんと仲間たちのおかげです。これから福日労の皆さんと共に闘っていきたいと思います。本当にありがとうございました」というあいさつが行なわれた。盛大な拍手が沸き起こった。

 夕食後は、三味線の演奏で独特の歌をうたう「ベンテンズ」の恒例のライブだ。労働者が太鼓を叩き、いっしょに歌を歌い、会場を爆笑の渦に巻き込んで、文字通りの「抱腹絶倒ライブ」となった。

 〈三日目〉

 前日までとはうって変わって、強烈な日差しの天気となった。朝食をすませ、さっそく「仕事よこせ」の対労働局デモだ。「仕事よこせ」「労働局弾劾」と、若い仲間たちも年をとった仲間たちも、一生懸命に声を張り上げて、福岡労働局が入っている合同庁舎を目指す。合同庁舎に着くと、全体で「福岡労働局は仕事を作れ」「野宿の押しつけを許さんぞ」「国は責任を取れ」と、何度もシュプレヒコールを叩きつけた。労働局の役人に、夏祭り参加者の総意として「公的就労対策事業の実施を求める要求書」を手渡す。その後、労働者たちは再び福岡の街をデモ行進して、明治公園に帰った。

 昼食の後には、「労働・生活・医療の大相談会」が行なわれた。司法書士による生活相談、看護師による医療相談、歯科医師や歯学関係の方々による歯科検診、さらにはマッサージや指圧、整体師による施術コーナーも設けられ、多くの仲間が行列を作って相談に訪れた。

 まだ夏の刺すような日差しが残る午後四時からは、恒例の「福日みこし」が始まる。十数人の仲間たちが福日労ののぼりが立ったみこしを担ぎ、「わっしょい、わっしょい」と威勢のいいかけ声で会場内を駆け回る。洗い場班の仲間たちが、これにバケツやホースで思いきり水をぶっかける。全員ずぶ濡れ。会場は大盛り上がりだ。爆笑と温かい野次に包まれて会場が沸いた後、これまたお馴染みの米国人プロ・ミュージシャンによる「ジャズ&ボサノバコンサート」だ。今回は新たにギターのメンバーが加わり、演奏はさらに迫力を増す。夕暮れ時から夜のとばりが下りるまで、心地よい演奏が続けられた。夜は、福島原発で事故処理の作業に従事している下請けの若い労働者たちを描いたビデオ「誰かがやらねば…福島第一原発作業員の素顔」などが上映された。

 こうして、2012年福岡日雇い団結夏祭りは、大成功のうちに幕を閉じた。翌日の片付けにも、70人もの仲間たちが参加し、作業に汗を流した。

 福日労に結集する労働者たちは、仲間たちの闘志と笑顔の絶えない夏祭りでうち固めた団結を武器に、「反戦・仕事よこせ」の闘いのさらなる前進をかちとっていく決意に燃えている。全労交の先頭でこうした闘いを担い、労働運動総体を揺り動かしていく意欲をたぎらせている。