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東北関東大震災被災労働者人民支援大運動を

進撃する全学連
全国大学で大学祭闘争を闘いぬく
(1043号1面)

東北大学〈11月16日〉

反原発講演会が成功

「弘前・核に反対する会」の仲間が、六ヶ所・大間の現状を報告
 11月16日午後5時、東北大学川内キャンパスにおいて、東北大社会科学系3団体(社会思想研究会、朝鮮史研究会、部落解放研究会)主催の反原発講演会が開催された。この講演会に、東北大生をはじめ、東北の地で奮闘する諸人士たちが結集し、熱気のうちに成功をかちとった。

 冒頭の社会思想研究会の開会あいさつに続き、「青森現地からの報告〜六ヶ所再処理工場と大間原発建設再開の現状について〜」と題して、「弘前・核に反対する会」で闘う仲間から、六ヶ所・大間現地での運動の現状が報告された。

 報告ではまず、野田政府が9月14日に「2030年代に原発稼働ゼロ」を目指すとした「新しいエネルギー政策」=「革新的エネルギー・環境戦略」なるものをうちだしたが、実際には経済産業相・枝野が翌日の9月15日に青森に出向いて関係自治体に「核燃サイクルは継続する」「大間は工事再開する」と明言しているとして、10月1日に大間原発工事が再開される経過を明らかにし、実際には「新エネルギー政策」発表前から水面下で工事再開を進める野田政府の原発推進政策の小汚いやり口を暴露。また、大間原発付近の活断層の存在についても「分からないから進める」なるふざけた態度を決めこむ野田政府の横暴ぶりが明らかにされた。大間原発反対運動の現状については、買収工作に応じずに土地を売らない住民が何人もいて、その土地を使って大間原発反対集会・デモがうちぬかれていること、津軽海峡の反対側の函館市の住民が大挙参加していることを明らかにした。六ヶ所の核燃サイクル阻止闘争では、1970年代に土地が買収済みとなるなかで、正門前の駐車場で集会をやっている現状を報告した。「足場がないと現地集会がなかなかやれない」「買収工作の結果、現地では工事を受け入れる住民が多数派で、反対住民は孤立しがち」とした上で「多くの仲間の支援が必要」と支援態勢の構築の必要性を強調した。最後に、工事が本格再開する春先にも「六ヶ所や大間で大きな集会をしたい」と現地で闘う決意を明らかにした。
「みやぎ・脱原発風の会」の篠原弘典氏が講演
 続いて、今回の講演会の講師として、東北大学出身の原子力研究者で「みやぎ・脱原発風の会」代表である篠原弘典氏が熱弁をふるった。
 「原発再稼働を問う」と題する講演のなかで、福島第一原発事故の具体的な状況や、策動される女川原発再稼働の危険性を、持参した大量の資料を使って丁寧に暴露していく。篠原氏は、福島第一原発事故の結果、「30キロ圏内」をはるかに飛び越え、宮城県も広範囲にわたって放射能に汚染されており、本来「放射線管理区域にしなければならない」こと、特に山中のキノコ類に放射能が蓄積しており、知らない人がとって食べている危険性を明らかにした。そもそも、政府の原発政策自身、原発事故を前提としておらず、その結果、電源喪失の際のマニュアルすらなく事故にまったく対応できなかった事実、放射能汚染のデータすらなかなか残せなかった現実を指摘。さらに、汚染のひどい福島県郡山市ですら、子どもたちを避難させていない現状を暴露した。そして、策動される原発再稼働について「原発を再稼働させるなら、防災計画が必要。住民を避難させ、『仮の町』を作らなければならない。そうでなければ、再稼働はありえない」「活断層調査も必要」と断じた。さらに、策動される女川原発の再稼働について「女川原発は大震災で被災した原発であり、『設備健全性』『耐震安全性』がチェックされねばならない」「女川原発とほぼ同型の格納容器を持つ福島第一原発の1号機〜3号機がどう破損しているかを究明する必要がある」としたうえで、実際には福島第一原発の内部がどうなっているのかすら分からないのが実情であり、事故の検証には何年もかかることを明らかにし、「できなければ、再稼働はありえない」と強調した。
東北大を〈戦時下の新たな革命的学生運動〉の一大拠点に
 篠原氏の講演の後、参加者の間で活発な質疑応答がなされた。質問内容は多岐にわたったが、そのなかで篠原氏は、「原子力の『平和利用』も『軍事利用』も、技術は同じもの。原子力推進の底流には核兵器を作る能力の確保がある」と言い切り、また良心的研究者としての生き様について「科学技術は真実・真理を追究する学問であり、何より大切なのは真理である。自分は真実が大事と考え、原発に反対してきた。科学者は自分の立場だけを考えないで、真実と向き合ってほしい」と熱く語った。講演会終了後には講師を囲んでの参加者有志の交流会も設けられ、東北における反核燃・反原発闘争のさらなる爆発への熱き思いを共有していった。

 東北大当局は、川内キャンパス内の至るところに「学外者の勧誘活動禁止」「政治セクトに注意」「安易に署名に応じるな」なる貼り紙や看板を掲げ、学生運動弾圧の姿勢をむき出しにしている。今回の反原発講演会の開催にあたっての宣伝・勧誘活動や反原発署名活動に対しても、当局はくり返し警告を加えて、圧力をかけてきた。しかし、今回の反原発講演会の成功にむけ、教室内置きビラや看板設置などの宣伝活動を粘り強く続け、東北大生の組織化に向けて奮闘してきた。

 「独法化」をテコとした全国の国公立大学での「改革」攻撃は東北大学をも覆い、「国家と企業に貢献する大学」への再編攻撃が進んでいる。特に、「非公認サークル」の解体が策動されるなど、革命的学生運動解体攻撃が進行している。これまで宮城県地域連合労働組合とともに東北・関東大震災被災者支援活動を取り組み、反原発企画などをうちぬいて組織化を進めてきた東北大学生運動の地平をさらに拡大し、あらゆる弾圧を粉砕し、東北大学における〈戦時下の新たな革命的学生運動〉の創出を何がなんでも成しきっていく決意である。


宇都宮大学〈11月23日〉

 宇都宮大学では、11月23日から24日の2日間、「第64回峰ヶ丘祭」が開催された。新聞会はその期間中の11月23日、学外の市民会場において、「反原発企画」として、「原発導入のシナリオ」「『大間原発』を問う地域住民」の二本立てによるDVD上映会を行なった。

 1950年代、日帝が米帝の支援の下に、核武装を見据えた原発導入を強硬に推進した過程を克明に暴いたドキュメンタリーである「原発導入のシナリオ」。地域で孤立を強いられながらも大間原発建設を阻止するために苦闘する1人の大間住民の格闘を取り上げたルポルタージュである「『大間原発』を問う地域住民」。この2本のDVDを上映することによって、日帝の原子力政策が核武装を核心として推進されていることを暴き、これと対決して、新たな原発建設である大間原発の建設阻止闘争へ結集することを訴えていくものとして今回の企画に取り組んだ。

 宇大における革命的学生運動の前進に恐怖する国家権力―警視庁公安部は昨年12月、宇大で組織化にあたっていた同志に対して「電子計算機使用詐欺」容疑をデッチ上げて不当逮捕し、「若いやつは全部潰す」として宇大新聞会の全面的な破壊に踏み込んだ。今回の企画に対しても、新聞会のメンバーが宇大正門前において情宣活動を開始するや否や、待ち構えていたかのように公安刑事が現れて情宣活動の監視を始めるという状態だ。しかも、間をおかずに宇大当局が登場して、正門前路上での情宣活動でさえも妨害してくる有様だ。宇大当局は、「警察の許可を取ってないだろう」「警察の許可を取らなきゃだめなんだ」と、警察の手先となって学生運動つぶしを行なっていることを恥ずかしげもなく口にする。警察支配の大学になり下がっていることに対して何の疑問も持たない宇大当局の腐敗は断じて許しがたい。

 新聞会は国家権力と一体となった宇大当局による情宣活動に対する妨害を許さず、くり返し宇大正門前に登場して宇大生に対してビラを手渡し、日帝の原子力政策の問題点を提起して企画への参加を訴え、「反原発企画」DVD上映会を貫徹した。

 総選挙をとおしたファシズムへの急接近に歩調をあわせ、警察権力と一体となって学生支配を強化し、新聞会つぶしの攻撃を続ける宇大当局を許さず、何よりも宇大生の組織化を推し進め、宇大における革命的学生運動の創出に向けてさらに奮闘していく。


千葉大学〈11月3日〉 

 千葉大学では、11月1日から4日、西千葉キャンパスにおいて「第50回千葉大祭」が開かれた。その期間中の11月3日、医療問題研究会は、学外の市民会場において、「『障害者』解放企画」としてドキュメント「街に出よう」のDVD上映会を行なった。

 「街に出よう」は、1970年代、「障害者」を差別し排除し続けている社会に対する反撃の決起として、川崎において「障害者」が街に出て、乗車拒否を繰り返す路線バスに実力で乗車を要求した闘いの記録映像だ。今日においても、「障害者自立支援法」の下で介護の商品化が社会的に浸透していくなか、ボランティアによる「障害者」の介護が成立しにくい状況が生まれている。「障害者自立支援法」下の「死なない程度の介護」の保障のもとで、多くの「障害者」が施設や家庭に閉じ込められている。このような状況を打ち破るべく、歴史的な「障害者」解放運動を継承し発展させ、新たな革命的「障害者」解放運動への結集を訴えていくものとして今回の企画に取り組んだ。

 千葉大当局は医療問題研究会に対する排除攻撃を続け、南門付近での情宣活動ですらガードマンが監視して逐一報告するという状況が続いている。そんな厳しい状況下ではあったが、医療問題研究会は千葉大生に対する情宣活動を粘り強く行ない、「障害者」が街に出ることの困難さや、新たに施行される「障害者総合支援法」の問題点について、千葉大生や千葉大祭参加者に訴え、討論を重ねてきた。その上でこの日のDVD上映会をやりぬき、最後まで貫徹した。

 千葉大当局は、日常的に「公認サークル以外の勧誘に気をつけろ」「安易な署名に応じるな」などとするポスターを張り巡らすなど、課外活動に対する管理・統制を強めている。大学祭や新歓活動についても、実行委員会が当局の下請け機関に成り下がっている現状がある。今回の企画の情宣に対しても、大学祭実行委員会が恐る恐るビラをもらいに来た直後に、大学当局が大挙して様子を見に来るという有様だ。大学当局を頼り、大学当局の顔色を伺いながら行なう大学祭なぞに何の意義もない。自らの自立と解放をかけて決起する「障害者」の闘いに学び、当局の妨害を跳ね返し、医療問題研究会の強固な構築に向けてさらに奮闘していく。

 同志・高橋かおりが志した「障害者」解放運動の営為を引き継ぐものとして、総選挙を通したファシズムへの急接近によって激化する戦時「障害者」抹殺攻撃と対決し、諸潮流の翼賛化を踏み越えて、革命的「障害者」解放運動の強化を推し進めていく。

 いまだに千葉大にうごめく日共・民青との競合に勝ちきり、〈戦時下の新たな革命的学生運動〉の創出を千葉大からなし切る決意である。


明治大学〈11月1日〉

御用大学祭=「明大祭」粉砕
 11月1日〜3日、明治大学和泉キャンパスで御用大学祭=「第128回明大祭」が開催されることに対して、明大学生会中執・学苑会中執は初日の11月1日、「明大祭粉砕」を訴える情宣行動に決起した。
 午前10時、「明大祭」が開会式を迎えるなか、京王線・明大前駅に学生会中執・学苑会中執の部隊が登場する。学生会中執・学苑会中執はアジテーションを開始し、明大前駅頭を通過する明大生に対するビラまきを行なった。明大前駅頭は「明大祭」に向かう多くの明大生らでごった返していた。また、明大前駅頭には「明大祭実行委員会」が陣取って道案内を行なっていたが、学生会中執・学苑会中執の登場で明大前駅頭の空気が一変した。道行く明大生は学生会中執・学苑会中執の情宣行動に注目し、配布するビラを次々に受け取っていった。明大当局の規制や公安警察の監視をものともせず、学生会中執・学苑会中執は明大前駅頭情宣をやりぬいていった。

 そもそも、「明大祭」は、学生運動解体攻撃の末に2003年に当局主導で作られた御用大学祭であり、「第128回明大祭」なる名称自体、正確ではない。正確には「第10回明大祭」とでも名乗るべきシロモノである。明大当局は、2003年に大学祭実行委員会を勝手に組織し、御用大学祭を新たに立ちあげた。しかも、駿河台地区での大学祭を廃止した上で和泉地区に無理やり統合したのである。これが御用大学祭=「明大祭」の起源である。「明大祭」には政治・社会の矛盾に正面から切り込む学生独自の文化・芸術・学問を創造しようという機運は皆無となっている。とりわけ、従来の自主大学祭で前面に掲げていた、反戦・反差別の企画は完全に排除されてしまっている。そんな御用大学祭の精神は、開催される企画にもハッキリ示されている。従来の自主大学祭の人員と予算では到底実行不可能な企画がやたら林立している。パンフレットの協賛には、大企業の社長や代議士らが軒並み名を連ねている。当局は、学生から搾り取った高い学費を惜しみなく大学祭に投入し、さらに政治家や大企業に擦り寄って、「国家と企業に貢献する大学=明大」をアピールすることで、とにかく数多くの参加者数を確保し、より受験者数を増やすための明大の宣伝に使おうとしているのだ。これが「『個』を強くする大学」=明大の実態である。その上で、ご丁寧にも「会場内での悪質な団体(政治セクト等を含む)の活動に注意を」なる呼びかけだけは忘れない。
「駿台祭」「和泉祭」「生田祭」の復活を
 当局は現在でもキャンパスに監視カメラを設置し、ファシストガードマンを常駐させ、自主的サークル活動を大きく規制している。気に食わないサークルに対する処分を乱発し、閉塞状況を強制している。学生会館も当局管理のサークル会館となり、厳しい使用基準に合わない学術系サークルなどを次々と排除している。その結果、サークル会館は今やお遊びサークルばかりとなっている。さらに、学生課自らが「M―naviプログラム」なる課外活動を展開することで御用学生の育成に躍起となっている。

 「明大の受験者数日本一」なるバブルに浮かれる明大当局は、昨年の「創立130周年」を機に、新たに「世界へ! ―『個』を強め、世界をつなぎ、未来へ―」なる、どこまでも舞い上がったスローガンを新たにうち出している。「人類の未来を見据えて、『世界へ』飛び立つ人材を育成すること」などと露骨に言いなして、日帝の世界戦略の尖兵となる人材育成をさらに進めようとしている。

 明大当局は「定額漸増制」による学費値上げをくり返し、さらに2部を廃止している。低所得者層の子どもの明大入学が厳しくなっている。そして、搾り取った学費や受験料を使い、際限のない設備投資を続けている。駿河台キャンパスでは、学生会館などを破壊した跡地に「駿河台C地区整備計画」として、地上17階・地下1階の豪華な建物を建設している。2013年4月からの利用開始を予定し、「大学院教育、研究・知財戦略機構及び国際連携機構の機能」「人文・社会系の大学院生の活動を1ヵ所に集約し、世界最高レベルの研究拠点を形成」などとのたまっている。さらに、今度は中野駅付近の警察大学校跡地に、地上14階・地下1階の豪華な新キャンパスを建設し、2013年に「総合数理学部」なる新学部を起ち上げようとしている。「社会に貢献する数理科学の創造・展開・発信」なる理念を掲げることで、凋落著しい「技術立国・日本」延命の悪あがきに貢献しようという、いかにも明大当局らしい発想である。当局は、新設したばかりの「国際日本学部」を中野キャンパスに移転し、2013年4月から2学部による中野キャンパスの運用を開始しようというのだ。よくそれだけの建設資金が続くものだと思うが、こんなバブルな経営を行なうための条件が革命的学生運動破壊であったことを想起すると、改めて怒りを覚えてくる。明大は、国家とブルジョアジーに自分の存在を売り込もうと躍起である。朝鮮反革命戦争とファシズムが急接近するなか、明大が狄靴燭奮愿牝旭瓩棒儷謀に貢献する大学となっていくのは必至である。

 この流れを断ち切る闘いを、何としても創りあげていかなければならない。明大における〈戦時下の新たな革命的学生運動〉の創出を何としても実現する決意である。


駒沢大学〈11月4日〉

 駒沢大学では11月4日午後三時から、大学近くの会場において自主駒沢祭企画として、社会福祉研究会主催の「障害者」解放企画をかちとった。地域で生活する「障害者」たちの格闘を描いた「街に出よう」のDVD上映を行なった。警視庁公安刑事が会場近くを徘徊し、これみよがしに監視する態勢をとってきたが、一切の弾圧を許さずに企画を貫徹した。

 駒大当局は社会福祉研究会は「非公認サークルである」として、不当にも学内への立ち入りを禁止しているため、門の外での社会福祉研究会のビラまきを行なってきた。駒大の学内では公認サークルでも学生部への申請がなければ、ポスターを貼ることも、ビラをまくこともできない困難な状況が強制されている。大学当局は、新入生の革命的学生運動への決起―合流はもとより、学生の自主的活動自身をキャンパスから一掃し、もの言わぬ学生、当局に従順な学生を育成しようとしている。駒沢大学駅から大学にいたる道々に「駒沢大学」の腕章をしたガードマンを配置し、登下校の時間帯には、日頃閉鎖されている裏側の門を開放して学内に出入りするよう、ガードマンが誘導している。学生の一挙手一投足を監視し、学生の管理・統制を強化しているのだ。

 今回の「障害者」解放企画は、11月3日〜4日に駒沢キャンパスで行なわれた、駒沢大学当局主導の御用学園祭=「駒沢大学オータムフェスティバル2012」に対抗してかちとられた。駒大当局は、2004年に、反戦・反差別を掲げてかちとられてきた学生の自主的祭典である「駒沢祭」を大学祭実行委員会の「準備不足」を口実に「中止」してきた。それ以降、新歓でのビラ、ポスターの検閲、日常的な学生に対する管理支配が強化される一方である。そして、学生の管理支配体制強化―革命的学生運動解体攻撃の一環として、2005年以降、御用大学祭=「オータムフェスティバル」開催を主導してきた。今回で8回目の開催である。

 しかし、サークル活動の規制を強化したうえでの御用大学祭であるから、当然にも盛り上がりに欠けるものとなっている。駒大当局が「駒大開校130周年」を前面に押し出して大々的に宣伝を行ない、さらに駒大陸上部の出場するマラソン大会のテレビ観戦を「客寄せ」の材料にすることで、かろうじて正門付近がにぎわうのみであった。あとは教員が主導してのゼミ生の参加でようやく持ちこたえているだけの、内容的には見るべきもののない代物となっている。その上で、「客寄せ」のつもりなのだろうか、「オータムフェスティバル」において今年も「ミス駒沢コンテスト」なる女性差別企画が開催される有様である。そんな閉塞状況を食い破る、〈戦時下の新たな革命的学生運動〉の創出を、駒大から何としても成し遂げていかなければならない。

 駒大当局の学生の管理支配体制強化―革命的学生運動解体攻撃と対決し、闘う学生を組織し、自主大学祭=「駒沢祭」の再開をかちとるべく奮闘する。


関西大学〈11月2日〉

 関西大学では、11月1日から6日まで「関西大学統一学園祭」が開催された。「関西大学統一学園祭」は、今年も差別問題や戦争問題を真剣に取り扱う企画が見られない。7月の大飯原発再稼働強行があったにもかかわらず、原発に関する学生独自の企画すら皆無というありさまであった。「『障害者』解放をめざす会」は関大当局によって管理・統制された大学祭の現状を打破すべく、独自企画として大学祭開催期間中の11月2日、市民会場における「障害者」解放講演会を企画した。

 当日の企画に先だって関大千里山キャンパス前において、連日講演会への参加を訴える情宣を行なった。関大生や地域の「障害者」の女性が企画案内のビラを受け取り、講演会への関心が寄せられた。

 講演会は、「『障害者』自身の体験を聴き、差別について考える企画」と題し、全障連関西ブロックで闘う「障害者」が「障害者」解放運動の課題について語るという企画である。講演の概要は、1.私の「障害」と自立生活、2.被差別体験を通して考えてきたこと、3.「障害者」の自立と解放、4.「共生社会」再考、である。

 大学祭企画に続き、関大生に対して今取り組むべき問題提起を行ない、共に闘うことを粘り強く呼びかけていかなければならない。

 関大当局による規制・管理を打ち破り、〈戦時下の新たな革命的学生運動〉の一大飛躍をかちとり、関大生の革命的学生運動の戦列への組織化をかちとっていく。


徳島大学〈11月3日、4日〉

 徳島大学では、11月3日と4日の2日間の日程で大学祭が行なわれた。
 新聞会の学生は、反戦・反核パネル展を開催し、多くの学生・労働者が来場した。パネルの内容は、沖縄・普天間基地に配備が強行された垂直離着陸機オスプレイの問題と、日帝の原子力政策の問題の2本柱だ。オスプレイは、労働者人民をより機動的に効率的に虐殺するための兵器であること、原発・核燃を推進する日帝の目的は核武装であることを暴露・弾劾し、小ブル諸派や市民主義的運動が、「安全性」のみを問う限界を打ち破って、展開された。沖縄現地での実力闘争と結びついた数々の展示内容に、多くの称賛の声が上がり、討論の輪が広がった。

 また、部落解放研究会の学生は、狭山パネル展を開催した。「狭山は聞いたことがある」という学生や一般の来場者が増え、今の状況など説明した。権力犯罪への怒りの声が寄せられた。そこから部落差別を憎み許さず、共に狭山闘争に起ちあがろうと呼びかけていくことが課題だ。

 そして、11月4日には、文化団体連合会の主催で、「八幡浜・原発から子供を守る女の会」の方を講師に招き、「原発になぜ反対するのか」との演題で講演会が開催され多くの学生が参加した。講師は、「原発は人権を踏みにじる形で造られた」と話され、四国電力・愛媛県・伊方町・警察が一体となり、反対派住民を精神的にも経済的にも追いつめてきたこと、「大金が積まれ、それを奪い合い離散した家、何人も自殺者が出た」ことを語られた。30年以上にわたる講師の反原発運動での経験は、国策・原子力への怒りを抱かずに聞くことはできない。毎月一一日の伊方原発ゲート前での座り込み行動が紹介され、参加の呼びかけが行なわれた。講演後も活発な質疑応答が行なわれた。

 企画を担った学生たちは一切の敵対勢力の妨害を許さずかちとったことをバネに、自らを打ち鍛え、徳大における革命的学生運動の巨大な隊列の実現に向かって奮闘している。


九州大学〈11月21日〉

 九州大学では、6度目の御用大学祭が、11月24日から2日間強行された。「九大祭実行委員会」は2007年度以降、学生による選出ではなく、大学当局によって担い手が指定されて結成されている。2年前に「授業時間の確保のため」という当局の意向を「実行委員会」がそのまま呑んだため、実施期間が丸1日以上短縮されて、2日間だけの開催に切り縮められて、現在に至っている。「期間延長」(従来の日数の維持)を望む文化系サークルを中心とした学生たちの声は、「実行委員会」にも当局にも、聞き入れられなかった。

 この御用「九大祭」の実態は、九大版「ミスコン」「ミスターコン」が行なわれたことに象徴されるように、学生の視点から社会の不正・腐敗を批判するどころか、むしろこれらを助長する方向へと向かっている。学生の承認なしに結成された「実行委員会」に、学生の総意に立つことなどできはしない。学生を統制し、差別と腐敗を満開させるだけだ。御用「九大祭」を粉砕し、九大祭を学生のもとに取り戻さねばならない。九大社会科学研究部の学生たちは、その熱意のもとに、御用大学祭に対抗して独自企画に取り組んだ。

 社研は、11月21日、伊都キャンパスの最寄り駅にある市民会場において、地域で自立生活を営む「障害者」の講師を招き、ドキュメンタリー映画「さようならCP」の上映会を開催した。これに先立ち、伊都キャンパスや駅頭で学生たちに参加を呼びかけた。

 企画は、九大生の参加を得て、社研の学生の司会で始まった。
 最初に、社研の活動について説明が行なわれ、続いて自ら「脳性マヒ者」として自立生活を営む講師から、映画製作の背景や登場する人々の主張の平易な説明と、現在の課題などについての提起がなされた。講師は、「一般的に私たち『障害者』は『生まれてこない方がよい』『あってはならない存在』とされ、命が軽んじられてきた」「そのことは、家族による無理心中や『障害児』殺しが起きたとき、殺された『障害児(者)』にではなく、殺した側である『障害児(者)』を抱える家族や身内に対して同情や共感が集まるという事態に、よく表れている」「それは、40年前の映画製作当時と比較した時、今も根本的に変わっていない。だからこそ、『障害者』自らが生存権を主張しなければならなかったし、『障害者』で何が悪いのかと、今も言い続けなければならない」と提起した。

 映画上映の後には、質疑応答の時間がとられた。参加した留学生から「作品のできた時代から今の日本社会はどう変化したか」という質問が出され、講師が「建物の作りやエレベーターなど、いわゆるハード面で私たちの要求を認める形で改善されてきた点はあるものの、しかし、多くの『障害者』が自宅や施設から外に出ることができない状態におかれている。これでは意味がない」「私は、ハード面の整備や福祉制度のほとんどない国や地域で、周りの人々の助けを借りながら暮らす『障害者』たちを見て、こうした「障害者」たちの生き方、暮らし方から学ぶべきことがたくさんあると感じている」と答えるなど、真剣で活発な意見交換が行なわれた。

 社研は、九大学生運動の戦闘的革命的再生に向かってさらに奮闘する決意だ。


沖縄大学〈11月3日、4日〉

 沖縄大学において、11月3日から4日にかけて、第53回沖大祭が開催された。今年は普天間基地へのオスプレイ配備に対する沖縄労働者人民の怒りが沸き起こる中での開催となった。9月27日から30日にかけてゲート前実力封鎖闘争が爆発し、それを排除してオスプレイが強行配備され、そのうえ10月16日には米兵による「集団強姦事件」が発生した。「事件」への抗議が渦巻く中、学祭開催日前日の11月2日深夜には米兵による「住居侵入・中学生殴打事件」が起きている。続発する「事件・事故」を強いられるなか、頭上ではオスプレイがやりたい放題の訓練を強行している。軍事基地と帝国主義軍隊によって押しつぶされそうになるほどの危機感が高まっているにもかかわらず、沖大祭は昨年同様、内輪で楽しむものか「客寄せ」ものばかりが目立った。実行委員会のイチオシ企画が「オバケヤシキ」ではどうしようもない。テーマとして掲げられた「協創・共和」において「地域の支え」を強調しているその学祭自身が、地域で生活する人々の怒りや悔しさや悲しみと無関係なのである。学長が「戦争と放射能のない時代を築かなければならない」と呼びかけても、大半は「笛吹けども踊らず」である。

 そのような沖大祭の中でオスプレイ反対運動に触れた企画もあった。9・9「オスプレイ配備に反対する県民大会」への参加や大学内における活動の記録などの展示だ。そこではオスプレイに反対する諸活動も提起されていた。闘う沖縄労働者人民が実力闘争への決起を呼びかけて実現した闘いが、一部の学生に衝撃を与え、こうした活動を沖大の中に誕生させているのである。問題はこうした闘いを革命的学生運動として組織できるか否かにある。われわれはこうした闘いの萌芽が、一時的な泡で終わってしまう現実をくり返しみてきた。「日常」から生み出された「問い」がいかに鋭いものであっても、それを反権力意識へと高め、具体的な反戦・反基地闘争や反権力闘争に結びつけて行動しないかぎり、それは日常に埋没し消え去る。このことを何としても突破しなければならない。わが革命的学生運動の実践の弱さを早急に克服し、沖大学生運動の再建をかちとっていかねばならない。