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東北関東大震災被災労働者人民支援大運動を

2013年春闘勝利総決起集会 第局講演 (1053号6面)

講演:「原発労働・被曝労働の実態から原発を考える」

講師:元原発労働者 原発労働裁判原告 梅田隆亮氏

 ご紹介いただきました、福岡からまいりました梅田と申します。私の原発の被曝は非常に珍しいケースで、30年前に連れと一緒に敦賀にいったんですが、当時帰ってきて鼻血が出るとか、倦怠感が出るとかで、病院にいってもその因果関係がわからずに、ずるずるしてきたんです。こんなに長く時間がたっても直らない。普通の総合病院とか個人病院にいっても原因がつかめない、だるいのは酒を飲むから肝臓やられているのだろうとか、色々な医者の診断が的を得ない。2008年のころに、1979年に原発に行ったあと長崎医大で受診した時の「検査だけは受けてください、あなたのは非常に高いから」という言葉を思い出した。そのころ、「放射能影響協会」から電話があり、確か手紙のアンケートが来ていたので、僕が電話に出たら「あなたはご本人ですか」という応答だった。なに寝言を言っているのかと思っていたが、すでにあれくらいの被曝歴では、セシウムやマンガンとか色々出ていたので、もう亡くなっているものと思っていたらしい。亡くなっていれば最後の診断書書いた病院を知らせるという「放射能影響協会」が千葉にあるんですが(現在所在地:東京神田)、それでこれはおかしいということで再度長崎医大に行ったんです。そこで「ホールボディカウンター」という検査で私の記録が残っているという事だった。ちょうどそれをどこからか聞いてTBSが報道特集という番組で出しまして、それで関西テレビも来て、一挙に吹き上がった。放射能の被曝と一言で言っても、普通の質量と違って長いんです。直ることがまず無い。セシウムは筋肉に溜まるし、プルトニウムは骨に悪さをする。だんだん抵抗力が落ちてくるわけですから、免疫が落ちて感染症の風邪とか肺炎になりやすい。この前も肺炎で1週間入院して、帰るときに医師からあと2年は何とか元気でいけるだろうという話だったので、それで色々考えたんです。その時にちょうど福岡では反原発運動で、弁護士のグループが無料でやっていて、玄海原発の原告を立ち上げていた。それとあわせて裁判にしたらどうかと話があったんです。でも結局テレビに出たり、東京新聞にも出たりで見世物みたいになる状態で、裁判はもう止めようと思っていたんですが、朝日と毎日新聞社の方が来られまして、「あの時あなたが行っていた敦賀で2人死んだことは3行しか新聞は報道していない」と。当時、われわれがお昼ご飯食べていたときに、少しでも早く出ようという意識にかられて、若い連中が冷却水、あの燃料棒が入っている冷却槽にストーンと落ちたんですね。サーとみんなで引き上げて、えらい早くに毛布で包んで連れていったんです。すぐに帰ってくるだろうと思っていたら、1人は1週間後に死んで、もう1人は1ヵ月後に死んだ。その労災認定の病名が「火傷」なんですね。「やけど」です。どうして水に落ちたのに「やけど」なのかということが思い出されてきまして、労基署からその時の記録を取り寄せたんです。

 3・11が無かったら、延々と死亡の原因がわからないままです。私の場合は長崎の国際医学センターで診断書と核の種類まで全部出てきたんです。だから労基署の窓口で、はね切れなかった。労災は大概窓口ではねられるんです。とうとう松江から労基署が来るんですが、「間違いなく被曝はしているが、8・6ミリシーベルトしか被曝していないと労災認定を出されない」との判断が出たんです。それを長崎大学のすぐ近くにある長崎新聞が取り上げて、全面に出たんですが、もう体力が無かった。どうするか、ということになって、裁判やることよりも、こんなことしても何かプラスになるのかどうかわからないからと。その時に、ドイツとフランスの国営テレビが来て取材を受けた。「あなたが受けた被曝量と同等の被曝をチェルノブイリで受けた女性に、首が曲がったり、手が曲がったりした赤ちゃんが生まれてくる。若い人の遺伝子に入って長い時間かけて出てくるから、あなたはそれを伝える義務があるのではないか」と言われた。これが一番のきっかけです。自分がそのことを話して裁判にはとにかく負けてもいいから、とにかく世論に訴えたら、いくらかでも若い人が考えてくれたらと。もうこの歳になって見世物になっても我慢できるということでその弁護士さんの裁判でやることになった。私には不思議なことがあるんです。法テラスが裁判起こすときに色々手助けしてくれる、皆さんご存知かと思いますが、その法テラスが裁判費用の40万をぽんと出してくれた。みんなのために最後に裁判やるのがご恩返しではないかとというのが私の考え方です。今月3月13日が第5回目の公判でした。最初の公判からずっと鈴木さんが精神的にもフォローしてくれました。非常に情緒不安定でズタズタの状態が長く続いていましたが、鈴木さんから話を色々聞いたり感謝している。今日の話を聞いて私にできることがあればと思いました。そして、原発についてゆっくり話してみたいと思いました。原発の裁判は非常に難しい。この話を聞いた人が、針の穴に足を突っ込むようなことだから止めとけ、と。まさにその通りで、証明するのが非常に難しい。裁判官も原発をわかっていない。一生懸命原発のどういう劣悪現場で働いたか、そこにどういう放射能の影響があったのか、必死に弁護士が教え込むんですが、実際炉心といって炉があるんですが、真ん中に入ったら、こんなに厚い鉄の扉が閉まりますと、もう中に入っている人間と下請けの労働者しか中に入れませんので、それを証明するのは非常に困難。中は「管理区域」とマークがついているところは非常に放射能の濃度が高いというのは常識でわかるんですが、「非管理区域」というのがあるんです。同じ建物の同じ場所に。そこはまったく仕切りがないんです。トイレ、休憩室、シャワー室とずっとつながっているわけです。今の安全教育とかは、今は3・11が起きたから詳しい説明が毎日されてますが、われわれのときはそういう説明は一切無かった。ところが労働基準監督署はやったというわけです。やってないといってもきりが無い。これが今の争点のひとつになっている。よく考えてみてください。原子力発電所ができて、今年で相当な時間がたっている。54基の定期点検に参加した労働者が54万人なんです。54万人が1ヵ月の定期点検に入っている。それで被曝したと間違いなく労災が下りた労働者がたったの9人ですよ。あと1人、沖縄の人が認定されまして、「多発性骨髄腫」という病気で骨の病気です。認定された人で1人も生きている人はいない。私の場合はあくまで「急性心筋梗塞」ですから非常に確立が低い。ですが、これだけ立派な病院からの診断書ですから、しかも長崎大学ですから国立大学の病院です。その医師から労災申請しなさいといわれた時に「これは簡単だ」と思い、1人でやったんです。誰にも相談せずにやったんです。備え付けの労災の申込用紙に書き入れて。それが非常に間違いだった。皆さんのような方にあの時相談するような、もう少し鈴木さんと早く会っておったらよかったと思っている。松江から10回くらい来ました。長浜というところの中央労働基準監督署というところから来て、色々聞き取り調査をするんです。やっぱり最終的には、8・6ミリシーベルトしかない、ということです。しかし、そのあとが大変だった。その後に、「8・6ミリシーベルトといったら、1日分の被曝線量ですよ」と先ほどの国営テレビの方が言ったんです。「あなたの追跡調査をさせてもらいました」ということでその方が民間の原子力資料情報室から資料を取って調査に乗り出し、「少なくてもあなたの被曝量は500ミリシーベルトは間違いなくある」と。それから先は、この間入院した医師から言われたとおり、2年以内が勝負だと思う。これから原発の再稼動が続いてくるだろうと思いますが、どうしても若い人に行くなとは言えないが、このリスクだけはしっかり考えてもらえるような訴えをしていこうという気持ちは持っております。何処までできるかわかりませんが。

 原子炉の中というのは非常に異様なところなんです。外からはまるっきり見えませんし、炉心という、燃料棒3本あるのを全部引きはずして、冷却水を中に入れてやりかえるわけですから、われわれとしてはもう少し詳しい話を危険な状態を教えてくれれば、本当に助かるわけです。ある原発でそろそろ再稼動させようという準備に入っている電力会社から聞いたんですが、やはり人が集まらないそうです。だから、やはり野宿している人などを昔から集めてきたんですが、今はその野宿している人も来たがらない。極めて切迫した状態になっているのは間違いないと思います。これをどういう風にして人が集まらんようにしていくか。原発1ヵ所1ヵ所、人間の手で全てやりますから。ロボットが行くとか奇想天外な話が出ますが、全部人間の手で指で足でやります。配管、溶接、それから配列、掃除、全部人間がやらなければならない。どのくらいの人がいるかというと1ヵ月で3000人必要です。この3000人を集めないと、原発は動かない。動かないと1日5億くらい金が浮くそうです。だから一矢報えるとすれば、仕事が無い、派遣社員で失業している方に、原発の話にあまり応じないでくれと、行ってもいいけどきちんと中の状況を説明してくれる業者ならかまいませんが、でもほとんど北九州では暴力団です。暴力団の組長の奥さんが会社を作ってそれで集めたり、非常に厳しい状態が続いています。だから、この裁判は勝敗抜きでやれるところまでやってみようと思います。裁判というのを私は知らなかったんですが、4回か5回で結審が出るのかと思ったら、とてもじゃない。最低でも、一審だけで3年はかかる。それまで自分の体が持つかどうか。一番健康なときに、中の情報を全部話して、情報を必要な方に必要であれば何処にでも言って話そうという気になりました。重ねがさね申しますが、こういう場所は私は初めてなので、実に鈴木さんには非常にお世話になって、精神的にもうつ状態のときでも声をかけて頂いたり、いろんなことでお世話になって忘れきらないという感謝の気持ちもこめて申し上げます。もう1ヵ所稼動になりかかっているところがありますから、何処でもいいですが、原発があれば反対する人もおると思いますが。何処でも行って話したいと思います。

 原発というのは大概入り江みたいなところ、淡水と海水が交わるところが多い。だから、朝現場に入ろうと思って入口にいったら、ボラがずーっと浮いている。知らないからボラを2匹〜3匹持って帰って民宿で刺身にしたらうまいとかいっていたが、2インチくらいのパイプから冷却水が温水になって24時間ずっと流れていたんですね、冷やしたやつが。化石燃料ですね、ウランと思いますが。それが殺しているわけです。しかし、帰るときはその海面がきれいにボラが浮いていない。その時は気がつかなかったんですが、海面をきれいにするため、漁業組合から電力会社が金で買い上げていたんです。だからなにも文句が言えない。こういう状態が次々日本で起きてくると大変なことになるのではないかと思っています。