解放トップ
トップに戻る
解放最新号
バックナンバー
論文
定期購読

東北関東大震災被災労働者人民支援大運動を

6・24同志石井真作虐殺報復38ヵ年決戦の猛攻で反革命革マルを解体・絶滅せよ!(1062号8面)

                        革労協福岡県委員会

 同志石井真作が反革命革マルの襲撃によって虐殺されて38ヵ年を迎える。同志石井真作は革労協総務委員であり、福岡県委員会議長として解放派の労学の闘いを牽引していた。われわれは、プロレタリア共産主義革命の勝利にむけて全人格を投入し、26歳の若さで反革命によって命を奪われた同志石井の怒りと無念を我がものとして、虐殺報復38ヵ年の猛攻を革マルに叩き込み、反革命党派の解体・絶滅を完遂することを宣言する。

 1975年6月24日、反革命革マルは静岡県伊東市で会議中の同志たちを武装襲撃した。革マルは襲撃の理由を「解放派が武装蜂起の準備をしていた」とし、自らが武装蜂起反対派であり、武装反革命党派であることを自白した。周囲の電話線を切断し、車両を破壊したうえでの襲撃は、同志たちの虐殺を目的にしたものであったことは明白だ。党派の出生以来、資本と国家権力に対して正面から体を張って闘う部隊を背後から襲撃し、「左翼」を偽装した組織作りを目的とする革マルの「他党派解体路線」は、解放派を先頭にした早稲田解放闘争の爆発、1973年9・14―15神大夜襲の敗北―白色テロ分子二人の完全打倒によって破綻を突きつけられていた。これを挽回するために革マルは1974年4・30解放派の指導部会議の襲撃に踏み込み、それまでとは段階を画した、明白に虐殺を目的とした6・24反革命襲撃を強行したのだ。

 同志石井は、1968年、九州大学中門での革マルとの戦闘で片方の眼を失明するほどの傷を負いながらも革マルを撃退した突撃力を6・24反革命襲撃に対しても発揮し、反撃の最先頭に起った。最先頭で対峙したが故に革マルの白色テロを集中して受け、無念にも斃れた。

 わが解放派は、この6・24反革命に対して革マル組織の絶滅まで止むことのない相互絶滅型の党派闘争への突入を宣言し、革命的テロルを武器として幾多の戦闘を貫徹してきた。1977年4・15戦闘で、革命軍は革マルの頭目・黒田に次ぐ実質書記長・藤原ら4人の完全打倒を戦取し、牾廛泪襪量ね茘瓩覆礁気い海箸鮴鐺によって示した。

 黒田なき黒田革マルは、プロレタリア武装蜂起にむけた階級闘争の武装的飛躍とそれを推進する革命党派への反革命敵対を深めている。黒田革マルは、その「世界分析」において「〈米―中対決〉が激化して「軍拡・核戦争の危機」が深まっているとし、中東―アラブ諸国で拡大する国際反革命戦争と何よりも日・米・韓の朝鮮反革命戦争突入態勢形成を全面否定し続けている。「尖閣諸島」は「日本固有の領土」であるとの立場に立って、「日本の領土」を脅かす大国化した中国の「軍事的脅威」と「占領―領有化」の動きに対決しろと叫んでいる。反原発闘争に対しては黒田が唱えた「原子力の解放」「原子力の平和利用」を自己批判することもなく、今でも固執しながら反革命介入を策している。オスプレイ普天間配備阻止闘争の決戦―実力闘争から敵前逃亡し、沖縄労働者人民から轟々たる非難を浴びた。

 JR総連・松崎革マルは、国鉄分割・民営化を反革命指導した松崎の「遺訓」にすがり、今まで以上にJR総連・松崎革マルによるJR東労組支配の「有用性」を会社に売り込んで延命しようとしている。また、「一水会結成40周年集会」ではJR総連出身の参院議員・田城が「一水会」代表の木村から「お前は本当のナショナリストだ」と狆淹伸瓩気譴襪曚匹縫侫.轡好氾関係を深めている。

 反革命革マルを解体・絶滅することは日本革命=世界革命を領導する党派の階級的責務である。革労協は6・24反革命―同志石井虐殺報復38ヵ年決戦の猛攻でこの責務を完遂する。黒田なき黒田革マル残存中枢―「植田」・「前原」・「柳葉」・西條・朝倉・土門らと投降路線で権力に恭順を誓う反革命「特行」どもを革命的テロルで打倒せよ! 凋落する学生革マル、帝国主義労働運動・「連合」に寄生することで延命をはかる残存産別革マルを総せん滅せよ! JR総連―松崎なき松崎革マルを総せん滅せよ! JR総連反革命労働運動を打倒せよ!