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東北関東大震災被災労働者人民支援大運動を

全国寄せ場で2013―2014年越年・越冬闘争を闘いぬく
〈山谷・釜ヶ崎〉
(1088号2面)

「黙って野垂れ死ぬな! 生きてやりかえそう!」越年・越冬闘争をやりぬく
12・28―1・6 東京・山谷

12月初旬から越年・越冬闘争の準備活動

 12月28日から1月6日までの10日間、東京・山谷日雇労働組合と山谷越年・越冬闘争実行委員会は、山谷・玉姫公園を実力占拠し、2013―2014年山谷越年・越冬闘争を闘いぬいた。

 安倍極右政府の登場で、労働者人民の生活破壊が一挙に進行した。安倍政府は臨時国会で「生活保護法」改悪を強行し、既に2013年八月から開始された生活保護費の切り下げで長期失業に苦しむ労働者や低所得世帯の人民の生活を一層の窮迫に追い込んでいる。

 山谷でも日雇いの仕事が減って、年末・年始を迎えるこの時期、多くの仲間が極寒の下で、野宿を強制され、野たれ死にの危機にたたされている。

 山谷以外にも、「非正規雇用」労働者が、「派遣切り」や「雇い止め」に遭い、住む場所を奪われている。こうした労働者人民の生命の危機に対して、東京都など行政は、失業者への対策をとることなく、野たれ死にを強制しているのだ。

 東京・山日労と越冬実の仲間たちは、12月初旬から、玉姫公園での越年・越冬闘争のための準備の活動を開始した。越冬闘争の資金をつくるために、連日街頭に立ち、労働者人民へ越冬闘争へのカンパを訴えた。カンパを訴えるビラを手にした人々は、「越冬、がんばって下さい」と激励の言葉と共に、実行委の仲間にカンパ金や食料・衣類などの物資を差し出した。また東京・山日労の事務所には、全国から支援する人々から送られてきたコメ・使い捨てカイロ、防寒用の衣類、フトン・寝袋などが続々と届けられた。

 12月14日、12月21日には越冬実の会議が開催され、越年・越冬闘争の準備と体制が整えられる。

 越冬闘争前日の27日には定例の対金町一家への金曜朝行動を終えると、直ちに、玉姫公園への物資の運び込みや設営のための段取りに取り組み、この日も日没までフルに準備の作業を行なった。

12月28日、越年・越冬闘争に突入

 初日の28日を迎えた。午前六時になると越冬実の仲間が城北労働・福祉センター(センター)前に結集してくる。越冬闘争への合流を呼びかける横断幕を掲げた仲間たちは、「スーパー島田屋」前にみんなで移動してハンドマイクで「玉姫公園に結集しよう」と訴えた。情宣活動を一旦終えると、再びセンター前に戻り、玉姫公園での越冬突入のため全体で移動を開始する。玉姫公園では既に準備のために労働者の仲間が待機している。打ち合わせと朝の食事を終えた仲間たちは、早速作業に取りかかった。設営を担当する仲間は、前日に搬入された単管などを手にして、大テントの設営を始める。また、トラックに積み込んである物資などを全員で公園内に運び込んだ。昼過ぎには、煮炊き用の建築廃材が届けられ、マキ置き場に運び込まれる。炊事班の仲間は、運びこまれた炊き出しの道具を点検・下洗いなどしながら、実行委の仲間たちの昼用の食事作りに取りかかった。この間も、物資搬入を担当する仲間の物資の引き取り・食材の搬入などでトラックはフル稼働だ。廃材は電動ノコを使って、物資班の仲間が利用しやすい大きさに切り揃えていく。

 初日は、設営など準備の作業が集中するために一番忙しい。さまざまな準備作業を終えると、実行委の仲間たちが進行具合を全体で確認し、「団結ガンバロー」の三唱で打ち合わせをすませ、午後6時から越冬闘争最初の炊き出しが始まる。公園外で待つ仲間たちを実行委のメンバーが公園内に誘導する。熱々のご飯とトン汁を手にした仲間たちは、大テントの中で食事をかきこんだ。

 28日、午後7時から越冬闘争突入集会がかちとられた。「反戦・反失業を闘う釜ヶ崎労働者の会」、福岡・築港日雇労働組合、沖縄・首里日雇労働組合からの連帯メッセージが紹介される。「釜ヶ崎労働者の会」は、「12月29日から年明けの1月3日まで、アオカン(野宿)のなかまの命を守る人民パトロールをうちぬきます」「ポリ公、ヤー公の敵対・妨害を粉砕し、ガキどもの襲撃を許さず、アブレ地獄―野垂れ死に攻撃を粉砕していこう」「ピンハネ・ボッタクリのない社会、差別・抑圧のない社会を、闘ってかちとっていこう」。福日労の仲間は、「低賃金・重労働・不安定就労による使い捨てなど、いつ野垂れ死にへと追いやられるかも知れないという状況が、今や多くの労働者の日常となりつつある。越年・越冬闘争の意義がますます重要なものとなっている」「福岡でも越年・越冬闘争の成功をかちとり、2014年の闘いに突き進んでいく」。沖日労の仲間は、「12月31日から1月2日までの3日間、那覇市内の公園などで労働相談・炊き出しを行ないます」「(名護新基地建設をめぐって)12月16日から続く『県』庁前座り込みに精力的に参加し、25日には安倍政府への怒りと『辺野古容認』の姿勢を強める知事への怒りをもって『県庁包囲行動』に結集しました」「戦争遂行の安倍政府を打倒しよう。普天間基地解体・名護新基地建設阻止を全力で闘おう」。次に、東京・山日労が越冬闘争の基調を読みあげる。「本日、越年・越冬闘争に突入した。玉姫公園を拠点に、年明けの1月6日まで、生きのびて野垂れ死にを押しつける安倍政府・都行政に対してやり返していこう」「国家権力、金町一家の妨害を許さず、24時間の防衛体制と仲間の団結で玉姫越冬を守りぬこう」。突入集会の後は、娯楽映画を上映し、明日以降の越冬に備え、夜の防衛体制を確認し、早めの就寝体制に入っていった。

12月29日、「なぎさ寮」受付会場で玉姫越冬への合流を呼びかける

 12月29日午前九時、東京・山日労と越冬実は、東京都の山谷越年・越冬対策である「なぎさ寮」入寮の受付会場・台東リバーサイドスポーツセンターで、入寮希望の労働者に越冬実の「黙って野垂れ死ぬな」のビラを配り、「1月2日の『なぎさ寮』でのモチツキで再会しよう。6日には玉姫公園に戻ってきて、都庁・厚生労働省追及―弾劾行動に起ち上がろう」と訴えた。29日の夜の企画「反戦・沖縄基地問題」では高江ヘリパッド建設反対を続ける住民闘争を描いたビデオ「標的の村」を上映した。30日の夜の企画「労働運動の現場から」では、今回も多くの炊き出し用食材を確保して支援にかけつけた地域生協で働く労働者の仲間があいさつを行ない、生協労働者の仲間は「安倍政府の原発推進やTPP交渉参加で、労働者の生活、食と命も危険にさらされてきている。山谷の越冬闘争は、失業労働者などが自力・自闘で仲間の命を守っていく重要な闘いだ。これからも私はみなさんと連帯し支援を続けていく。ともにがんばっていこう」と発言した。続いて、生コン運送の労働者が労働組合に加盟し、資本と闘っていく過程を追ったドキュメンタリー映画「フツーの仕事がしたい」を上映した。2013年の大晦日を迎えた玉姫公園では、31日の夜の企画で、「東京大衆歌謡楽団」がナツメロの歌と演奏を披露し、生演奏を楽しんだ後、カラオケ好きの仲間がみんなに自慢のノドを披露した。

2014年新年総決起集会がかちとられる

 年が改まった2014年。玉姫公園では午前11時から団結モチつきが開催された。「ヨイショ、ヨイショ」のかけ声を受けて、4ウス分のモチをつきあげる。モチつきでは慣れない手つきながらも、全員がキネをふるってモチを完成させていった。夜は2014年の最初となる総決起集会がもたれた。午後7時、実行委本部が「2014年も『反戦・仕事よこせ』を闘うぞ! 1・6都庁行動、厚生労働省団交を闘い、1・12日雇い労働者全国総決起集会とデモを闘うぞ!」と呼びかける。続いて、実行委に結集する支援の仲間が連帯のあいさつだ。東京都地域連合労働組合は、「24時間、玉姫越冬を守りぬくため防衛を全員で担って、新年を迎えた。折り返しにさしかかっているが、後半も団結の力で越冬闘争を貫徹していこう」とアピールした。また、神奈川県地域連合労働組合は、連帯メッセージを寄せ、その中で「労働者の『非正規』化にますます拍車がかかろうとしている。貧困と失業の強制を許さず、今年目論まれている『労働者派遣法』改悪を阻止しよう。川村委員長にかけられたサントリーパブリシティサービスによる『雇い止め』撤回の争議は東京都労働委員会で争われます。川村委員長の職場復帰をかちとるべく全力で闘います」と支援を訴える。さらに、明治大学社会思想研究会の学生も支援にかけつけていることが、司会の仲間から紹介された。そして、実行委員会に結集する各班の発言に続いて、集会参加者全員に酒やジュースが配られ、乾杯して越冬闘争後半にむけた決意をうち固めていく。その後、鉄工所の労働争議を描いた映画「ドレイ工場」が上映された。

 1月2日には「なぎさ寮」に入寮している山谷の仲間との交流を深めるための団結モチつきにでかけていった。午前10時、なぎさ寮に隣接する前庭でモチつきが行なわれ、1月6日には都庁と厚生労働省への行動に起ち上がることを確認した。1月2日の夜の企画では「山谷(やま)―やられたら、やりかえせ」の上映を行なった。金町一家との熾烈な攻防を通して前進してきた山谷労働者の闘いの歴史をつかみ取り、「1・12佐藤さん虐殺29ヵ年 山岡さん虐殺28ヵ年弾劾! 金町一家解体! 日雇い労働者全国総決起集会」への決意をうち固めた。

 1月3日の午前中には、年末・年始を東京拘置所ですごす獄中の仲間への激励行動が取り組まれた。この行動では、獄中経験のある山谷の仲間が中心になり、マイクを握って獄中者への励ましを行なった。3日の夜の企画「核・原発問題」では、原発施設内での過酷な被ばく労働の実態に迫った「原発はいま」が上映された。

 1月4日の夜の企画「日朝連帯」では、「躍進する韓国労働運動」が上映された。この作品は、韓国でも拡大した「非正規職」の労働者が財閥資本に対して「正規職」を要求し闘う姿を描いたものだ。またこの夜の企画に先立ち、サントリー資本による「雇い止め」に対して解雇撤回闘争を闘っている当該の仲間が闘争の経過報告と争議支援を訴えた。

総括集会で東京都庁・厚生労働省弾劾―追及の決意をうちかためる

 1月5日、午後7時からは山谷越年・越冬闘争をしめくくる総括集会がかちとられた。東京・山日労は、「越冬に参加した全員が設営・炊事・防衛を含め全ての任務を分かち担いぬくことで例年より2日間長い越冬闘争をやりきった。仲間の命は仲間の団結で守りぬく。うち鍛えられた団結を武器にして明日の行動、そして1・12日雇い労働者全国総決起集会を闘いぬいてこう」と提起する。実行委を担った炊事班・設営班・防衛班・人パト班が発言し、最後に「団結がんばろー」で総括集会をしめくくった。その後、娯楽映画を見ながら、明日の最後の闘いに備え就寝の準備に入る。

 1月6日、仕事始めの朝を迎えた。玉姫公園で越年・越冬闘争をやりきった仲間たちは、東京都と厚生労働省に対して追及と団交の闘いに決起した。この日の朝の炊き出しをいつもよりも早めにすませると、追及―団交に参加する仲間たちは、組合旗、むしろ旗を先頭に玉姫公園を出発する。新宿駅西口に到着すると、都庁庁舎まで「ワッショイ、ワッショイ」と気迫に満ちたデモで進撃した。都庁前では福祉保健局生活部副参事山谷対策担当の木原らが、ガードマンを従えて立ちはだかる。「アブレ、野垂れ死にの押し付けを許さんぞ!」怒りのシュプレヒコールをとどろかせた。

 東京・山日労と越冬実は都に対して、3点について抗議文を突きつけた。‥豕都は城北労働・福祉センターの設備・運営を日雇い労働者のために改善しろ、東京都は「特別就労対策事業」の仕事を増やせ、E豕都は、2020年東京オリンピック、都市再開発を口実とした野宿労働者のかりこみをやめろ、という内容だ。仲間たちの追及に対して、対応する木原は「要望は産業労働局に伝える」としか回答しない。追及に参加した仲間たちは、たちまち東京都に対する怒りを爆発させた。30分にわたる追及と弾劾の闘いをたたきつけ、仲間たちは厚生労働省との団交に向かった。

 10時45分に厚生労働省正門に陣取った東京・山日労と越冬実は「日雇い労働者のための仕事を出せ!仕事を作れ!」とシュプレヒコールをたたきつけ、すぐさま全員が団交の場に臨んでいった。 嵬唄屬泙せ」ではなく、失業者に仕事を出せ、◆嶇働者派遣法」改悪をやめ、「労働者派遣法」を撤廃しろ、7設産業での社会保険未加入問題をすみやかに解決しろ、だ験菠欷鄒度の改悪をやめろ、という内容だ。しかし、厚生労働省の役人どもは「就職に備え、さまざまな職業訓練事業をやっている」、「城北労働・福祉センターが雇用保険に入らない業者の仕事を日雇い労働者に紹介しているのは問題だ」などと全く仲間たちの要求とはかけ離れた回答を繰り返すばかりだ。1時間半にわたって交渉を闘いぬいた仲間たちは、再び正門前に整列してシュプレヒコールをあげ、厚生労働省に対する追及―弾劾行動を終えていった。

◇  ◇  ◇  ◇

 10日間に及ぶ越年・越冬闘争では期間中約2000食の炊き出しを行なった。1回あたりの炊き出しの数が減っているが、この間、東京東部地区では東京スカイツリー開業などで観光開発を名目とした地域での野宿労働者たたき出しの攻撃が強まってきたことによるものだ。また、センターは、失業する日雇い労働者を「山谷に住んでいない」など理不尽な理由でセンター利用から締め出すなどの対応を強化してきている。このため、アブレて野宿を強いられてきた多くの日雇いの仲間が、山谷周辺から遠方にアオカン(野宿)の場所を移動したりと孤立化と分散化を余儀なくされているのだ。東京都、センターによる日雇い労働者・野宿労働者の切り捨てを絶対に許してはならない。

 今期の越冬闘争では、飯場を締め出された建設日雇いの仲間、また日雇い派遣で仕事が切れた仲間などが玉姫公園に合流し、10日間の闘いをやりきった。山谷の労働者や野宿労働者全員が、国家権力・金町一家による破壊策動を許さないために、睡眠時間を削り、深夜の防衛活動を含め24時間の防衛体制を担いぬき、連日の「人民パトロール」をやりぬいた。そして機動隊が包囲するなか、連日のワッショイデモに決起して、機動隊の壁にぶち当たり、闘志あふれる闘いを貫徹した。

 安倍政府は今後、ますます雇用の不安定な「非正規雇用」労働者を増やそうと狙っている。また、生活保護制度の改悪、社会保障制度の切り下げなどでいっそう困窮する労働者人民が大量に生み出されようとしている。越年・越冬闘争で鍛えた日雇い労働者、野宿労働者、また「非正規雇用」労働者どうしの団結を打ち鍛え、「反戦・仕事よこせ」の闘いの爆発をかちとっていこう。



12・28「越年・越冬闘争へむけた上映集会」、12・29―1・3「夜回り・人民パトロール」を闘いぬく〈大阪・釜ヶ崎〉

 釜ヶ崎では、「反戦・反失業を闘う釜ヶ崎労働者の会」が12月28日に西成市民館で「越年・越冬闘争へむけた上映集会」を開催した。そして、12月29日から1月3日までの「夜回り・人民パトロール」を貫徹した。

 「越年・越冬闘争へむけた上映集会」には、多くの日雇い・野宿労働者をはじめ約60人が結集した。はじめに、集会の基調が提起される。基調では、「釜ヶ崎労働者の会」は越年・越冬闘争として、12月29日から1月3日までカイロ、おにぎり、防寒着、タオル、ビラなどを持って「夜回り・人パト」を闘うこと、定期的に駅頭でカンパ活動を行ない、資金をはじめ、衣類・物資のカンパも呼びかけていることが紹介された。そして、政府によるアブレ(失業)地獄―野垂れ死に攻撃が暴露され、大阪府や大阪市に対して「仕事出し」を要求する行政闘争を闘ってきたことが明らかにされた。さらに、パナソニック、ヤンマーなど、「非正規雇用」労働者の争議に連帯し闘ってきたこと、「日の丸」「君が代」の強制―処分攻撃と闘う教育労働者と連帯する闘いに決起してきたこと、部落解放闘争をはじめとする差別と対決する闘いに決起してきたこと、安保粉砕闘争をはじめ反戦闘争や反原発闘争に取り組んできたことが紹介された。基調提起の最後に、越年・越冬闘争のスローガンが提起され、参加者全体の「ヨシ!」の声で確認されていった。次に、東京・山谷日雇労働組合、福岡・築港日雇労働組合、沖縄・首里日雇労働組合からの連帯メッセージが、つづいてヤンマー争議当該・稲森秀司氏、パナソニックPDP偽装請負争議当該・吉岡力氏からの連帯メッセージが読み上げられ、参加者から大きな拍手が送られた。1本目の上映作品は、山谷の労働者が天皇主義右翼ファシスト・国粋会金町一家と体を張って闘う攻防などを描いた映画=「山谷(やま)―やられたらやりかえせ」だ。参加者は、熱心に見入っていた。 続いて、娯楽映画が上映され会場内では大爆笑がおこった。冬は、資本からみて利用価値の無くなった労働者を路上で殺していく時期である。そんなことを絶対に許してはならない。年末・年始の釜ヶ崎周辺での「夜回り・人民パトロール」への結集―なかまの命を守る行動への参加が最後に呼びかけられた。越年・越冬闘争の勝利へむけて「一人の野垂れ死にも許すな!」「生きてやつらにやり返そう!」「野宿のなかまへの襲撃を絶対に許さんぞ!」「団結してガンバロー!」とシュプレヒコールをあげ、熱気の中で集会は終了していった。

 釜ヶ崎では、ドヤ(簡易宿泊所)にも住めずアオカン(野宿)せざるをえない厳しい失業状況が続いている。こうした中、大阪市は越年対策事業として今年も南港臨時宿泊所(南港臨泊)を設置したが、今年も入所資格を「あいりん地域に居住する、(原則として)40歳以上の単身日雇労働者」という入所制限を行なった。入所受付については、2010年は12月29日と30日の2回だったのが、2011年から事前登録が必要となり、12月29日の1回のみになった。入所者数は、5年前は1324人、4年前は637人、3年前は567人、2年前は493人、去年は433人(+ケアセンター・三徳寮の80人)、今年は329人(+ケアセンター110人)となった。財政難を理由にして、今回で南港臨泊を終了し、来年からは釜ヶ崎のドヤなどがあてられるという。

 12月29日から、「人パト」が開始された。「人パト隊」は、ビラ、カイロ、おにぎり、タオル、防寒着、毛布、風邪薬などを持って回っていく。まずセンターの周辺で野宿している労働者のもとを回る。ダンボールや布団を用意して野宿している労働者もいれば、何の用意も無く体ひとつで寝ている労働者もいる。カイロやおにぎりを渡すと「ありがとう」という声が返ってくる。センターを一周しただけで、100人以上が寝ている。続いて「人パト隊」は、南海電車のガード下、萩ノ茶屋や山王商店街のアーケード、恵美須町駅周辺、日本橋電気街など、釜ヶ崎周辺を回っていった。釜ヶ崎では、近年、多くの日雇い・野宿労働者が生活保護を受給するようになった。だがしかし、「人パト」を通してわかったことは、前回とほとんど同数の人数が釜ヶ崎周辺で野宿を強いられているという事実だ。「人パト」では、「アブレ地獄―野垂れ死に攻撃を粉砕しよう!」「一人の野垂れ死にも許さず、生きてやつらにやり返そう!」「野宿のなかまへの襲撃を絶対に許さず、なかまの命を守りぬこう!」のスローガンののったビラを配布し、闘いへの結集を呼びかけていった。12月29日、稲森秀司氏と友人の2人が「夜回り・人パト」にかけつけてくれた。

 1月2日、無実の部落民=石川一雄氏と連れ合いの早智子氏が初めて釜ヶ崎に来る、狭山差別裁判についてのアピールがあるというので、三角公園の「第44回釜ヶ崎越冬」に参加した。その後、「ふるさとの家」での交流会にも参加した。交流会では、「釜ヶ崎労働者の会」が、5月と10月の狭山中央闘争に石川氏と連帯し闘ってきたこと、今後も釜ヶ崎労働者とともに狭山闘争の勝利へむけ闘いぬくことを決意表明した。交流会の後、入り口から出たところ、石川氏から握手をされ「これからもよろしくお願いします」と闘いへのさらなる結集を要請された。

 6日間にわたって「一人の野垂れ死にも許さない」越年・越冬闘争の「夜回り・人パト」が貫徹された。越年・越冬闘争で培った団結をさらに強化し、「仕事よこせ!」の闘いと反戦闘争を闘いぬいていく。