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東北関東大震災被災労働者人民支援大運動を

6・24同志石井真作虐殺報復39ヵ年決戦の猛攻で反革命
革マルを解体・絶滅せよ
(1104号8面)

                                革労協福岡県委員会

 同志石井真作が反革命革マルの襲撃によって虐殺されて39ヵ年を迎える。同志石井真作は革労協総務委員であり、福岡県委員会議長として解放派の労学の闘いを牽引していた。われわれは、プロレタリア共産主義革命の勝利に向けて全人格を投入し、26歳の若さで反革命によって命を奪われた同志石井の怒りと無念を我がものとして、虐殺報復39ヵ年の猛攻を反革命革マルに叩き込み、反革命党派の解体・絶滅を完遂することを宣言する。

 1975年6月24日、反革命革マルは静岡県伊東市で会議中の同志たちを武装襲撃した。革マルは襲撃の理由を「解放派が武装蜂起の準備をしていた」とし、自らが武装蜂起反対派であり、武装反革命党派であることを自白したのだ。周囲の電話線を切断し、車両を破壊したうえでの襲撃は、同志たちの虐殺を目的としたものであったことは明白だ。党派の出生以来、資本と国家権力に対して正面から体を張って闘う部隊を背後から襲撃し、「左翼」を偽装した組織作りを目的とする革マルの「他党派解体路線」は、解放派を先頭にした早稲田解放闘争の爆発、1973年9・14―15神大夜襲の敗北―白色テロ分子2人の完全打倒によって破綻を突き付けられていた。これを挽回するために革マルは1974年4・30解放派の指導部会議の襲撃に踏み込み、それまでとは段階を画した明白に虐殺を目的とした6・24反革命襲撃を強行した。

 同志石井は、1968年、九州大学中門での革マルとの戦闘で片方の眼を失明するほどの傷を負いながらも革マルを撃退した突撃力を6・24反革命襲撃に対しても発揮し、反撃の最先頭に起った。最先頭で対峙したが故に革マルの白色テロを集中して受け、無念にも斃れた。

 わが解放派は、この6・24反革命に対して革マル組織の絶滅まで止むことのない相互絶滅型の党派闘争への突入を宣言し、革命的テロルを武器として幾多の戦闘を貫徹してきた。1977年4・15戦闘で、革命軍は革マルの頭目・黒田に次ぐ実質書記長・藤原ら4人の完全打倒を戦取し、牾廛泪襪量ね茘瓩覆礁気い海箸鮴鐺によって示した。

 黒田なき黒田革マルは、安倍極右政府の成立を「ネオ・ファシズム支配体制の成立」と宣言し、この「ネオ・ファシズム支配体制」と闘うと称して「反ファシズム統一戦線」形成の呼びかけを発している。これは、安倍極右政府の成立によって朝鮮反革命戦争とファシズムへの突入という事態が迫り、労働者人民の革命的決起が開始され、プロレタリア暴力革命に向かう情勢が到来することに危機感を抱き、「ファシズムとの闘い」を掲げて一切の運動を体制内運動に集約してブルジョア社会を防衛するためだ。

 松崎革マルは、意味不明の「黒田イデオロギー批判」を展開して黒田革マルとの区別性を言いながら、一方で、黒田革マル同様の「反ファシズム統一戦線」を言い出している。JR総連・松崎革マルは、JR北海道管内で事故が多発し、保守・点検の結果を隠蔽し、偽造までしていた事実が判明しているにもかかわらず、死の沈黙を続ける一方で、JR東日本が「グループ経営構想后糎造蠅覆前進〜」の下、極限的な合理化計画を進めていることに対してJR総連・東労組が「新経営構想」を評価し、「国鉄改革の精神を守れ」と叫び「労使結託」関係の維持を懇願している。

 反革命革マルを解体・絶滅することは、日本革命=世界革命を領導する党派の階級的責務だ。革労協は、6・24反革命―同志石井虐殺報復39ヵ年決戦の猛攻でこの責務を完遂する。黒田なき黒田革マル残存中枢―「植田」・「前原」・「柳葉」・西條・朝倉・土門らと「投降路線」で権力への恭順を誓う反革命「特行」どもを、革命的テロルで打倒せよ! 凋落する学生革マル、帝国主義労働運動・「連合」に寄生することで延命をはかる残存産別革マルを総せん滅せよ! JR総連―松崎なき松崎革マルを総せん滅せよ! JR総連反革命労働運動を打倒せよ!