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東北関東大震災被災労働者人民支援大運動を

進撃する全学連 全国大学で新歓闘争に大勝利
(1107号4面)

東北大学

亘理教会牧師・林茂雄氏が講演

 6月28日正午より、東北大学川内キャンパスにおいて、社会思想研究会の主催による「反核講演&ビデオ上映会」を開催した。この講演会に、東北の地で奮闘する諸人士たちが結集し、熱気のうちに成功をかちとった。

 冒頭の社会思想研究会の開会あいさつに続き、まず最初にビデオ「原発導入のシナリオ」を上映する。この作品は、1950年代に日帝が原発を導入する過程を描いたドキュメントである。そこでは、米大統領・アイゼンハワー(当時)のうち出した「核の平和利用」路線に乗じ、日帝が核武装可能な能力を獲得するために、日帝足下での反核運動を弾圧して抑えこんだ上で「世論工作」を行ない、原発導入を強引に推し進めた過程が暴露されていた。この事実をかみ締めながら、日帝の核武装を許さない反核闘争の爆発をかちとらねばならない思いを、参加者全体で新たにした。

 次に、日本キリスト教改革派亘理教会牧師である林茂雄氏からの講演を受ける。林氏は、東北・関東大震災から3年以上が経過した現在の支援活動の現状を明らかにする。「復興」は一向に進まず、被災者たちの生活再建はなおざりにされたままであり、特に、「福島第一原発事故」はいまだ収束せず、周辺地域は放射能汚染に苦しんでいる。にもかかわらず、地元の亘理町をはじめ、隣接する山元町などの自治体行政は「ボランティア・センター」を閉めてさっさと支援活動から撤退している。また林氏も参加する、既存のミッション系の支援団体も、2016年には撤退する予定となっている。そんななか林氏は、「長期戦」と位置づけ、独自の支援団体である「のぞみセンター」による被災者支援活動を継続していく意思を表明した。

 そして林氏は、亘理町などでの放射能汚染の現状を暴露していく。「福島第一原発事故」直後は、亘理町でも「危険水域」とされる0・12マイクロシーベルトをはるかに超える放射線量であった。最近でこそ亘理町では放射線量は減少しているものの、福島第一原発の周辺に飛び散ったセシウムなどの放射性物質が、風雨によって阿武隈川河川敷に放射能汚染が集積している。さらに、阿武隈川から太平洋に流出した放射性物質は、海に生息する魚貝類に蓄積されるのだ。放射性物質は決して海でも薄まることはなく、体内に1粒でも入ればガンの可能性が出てくるのである。林氏は、特に子供たちが大変な時期を迎えることを危惧し「放射性物質の恐ろしさを知らしめる必要がある」と警鐘を鳴らした。そして、「『安全神話』が崩壊した今、政府がマスコミを通して意図的に『安心神話』を吹聴し、原発再稼働をやろうとしている」とした上で、「再稼働を許してはならない。原発をなくさなければならない」と闘う決意を明らかにした。

黒田憲氏が南相馬市でのボランティア活動報告

 次に、南相馬市などでのボランティア活動に取り組む黒田憲氏からの報告を受ける。東北・関東大震災直後に亘理町や山元町、名取市などの太平洋沿岸の行政が展開してきたボランティア活動の内実について、黒田氏は「『自治体は民間ボランティアを集めろ、支援活動は民間ボランティアにやらせろ』とするものであった」「国家総動員体制に似ている」とした。支援活動の内容についても、「後片付けをやっただけであり、片づけが終わると行政は『仕事がなくなった』として支援者を遠ざけた」「100万人を越える人々が支援活動に参加したものの、結局『ボランティア祭り』だった」と認識しているとした。黒田氏は、現在参加している南相馬市での支援活動について、被災地に残る被災者をムリヤリ現住地から叩きだして、人目につかない山奥の「仮設住宅」におしこめている一例を紹介し、被災者を犂民瓩箸靴討としめる行政の手法を「『障害者』の施設を山奥に作って『障害者』を放り込むのと同じ」と喝破した。さらに、ボランティア参加者の間で「人間が制御できないものを作る以上、永久に復旧できない」とする声が噴出していることを紹介し、「福島第一原発事故」への怒りが噴出していることを明らかにした。そして黒田氏は、「怒りが充満する南相馬に切り込むべき」「われわれは独自な足で被災地に降り立ち被災地の悲惨を自分自身の問題として捉え、われわれの生存を脅かす政治勢力と断固として闘うべきである」と提起した。

 その後、今日の講演会に参加した、地元の自治体労働者からの発言を受ける。自身も被災者支援活動に参加した経験を踏まえ、「仙台市だけ『復興』が進み、周辺の市町村の『復興』は立ち遅れている」「行政の『復興』関連予算が今年からなくなり、『復興』事業も進んでいない」と行政の現状を明らかにする。そして、「策動される女川原発の再稼働をさせてはならない」とした。

 講演・報告の後、参加者との間で活発な質問・意見が飛び交った。放射能の被害にあった子供たちの現状についての質問に対して、林氏は、「10年〜20年しないと、本当の被害の実感はできないのではないか」「『安心神話』に侵されているのが実情。亘理町議会でも、言いたいことが言えない雰囲気が作られている」とし「みんなが起ち上がらなければならないだろう」とした。黒田氏も、「不平等、貧富を産み出すシステムを根絶すべき」と強調した。こうして、この日の講演集会は成功のうちに終了した。

 東北大学でも、「非公認サークル」の解体が策動されるなど、革命的学生運動解体攻撃が進行している。あらゆる弾圧を粉砕し、東北大における〈戦時下の新たな革命的学生運動〉の創出を何がなんでも成しきり、東北大の全国拠点化を実現していく決意である。

首都圏・北関東

四月、各大学で情宣行動を闘う

 全学連に結集する学生は、2014年の新歓闘争を、沖縄・名護新基地建設阻止、反核・反原発などをテーマにすえ、革命的反戦闘争への組織化をみすえて学生の間に分け入り、当面の目標として4・23全学連新入生歓迎講演集会への結集を訴える闘いとしてやりぬいた。

 全学連が新歓闘争に突入した4月、安倍極右政府の戦争突撃がさらに加速した。

 昨年12月27日に沖縄「県」知事・仲井真が名護市辺野古沖の「公有水面埋立」を承認したことを受け、安倍政府は名護新基地建設に遮二無二突撃している。7月にも辺野古沖でのボーリング調査に踏み込み、11月にも本格工事に着手する構えを見せている。沖縄では安倍政府や知事・仲井真への怒りが渦巻いており、沖縄現地の闘いと結合した安保粉砕・政府打倒の闘いを首都圏で作りあげることが責務となっている。

 また、安倍政府は原発再稼働・新(増)設に踏みこんでいる。2012年10月に青森・大間原発建設が再開しているが、電源開発(Jパワー)が「安全審査」の今年夏以降の申請を策動している。いよいよ原子炉建設が強行されようとしているのだ。そんななか、首都圏の反戦・全学連の部隊がこぞって、新歓闘争直前の3月25日に大間現地闘争に結集し、闘いぬいている。改憲―核武装こそが安倍政府の狙いであることを満天下に明らかにし、反核・反原発闘争の爆発をかちとらねばならない。全世界では、反政府デモの先頭に巨万の学生・青年が起っているのである。いかなる困難な状況も踏み越え、闘う学生・青年の組織化を何としてもやり遂げなければならない。

 全学連は、〈革命的学生運動の新たな創出〉を掲げ、首都圏・北関東における新歓闘争に果敢に打って出た。「安倍政府の戦争政策に反対する」署名活動を展開し、革命的学生の組織化に奮闘した。明治大学社会思想研究会、駒沢大学社会福祉研究会、千葉大学医療問題研究会、宇都宮大学新聞会は、それぞれの大学で、あるいは街頭で、署名活動を連日にわたって繰り広げた。そして、4・23講演集会への結集を呼びかけるビラを配布してきた。

 どこの大学でも政治・社会問題を正面から見すえるサークルが皆無となって久しいなか、4・23講演集会への結集を呼びかけるビラに、新入生をはじめとする学生たちの注目が集まる。日を重ねるごとに署名が寄せられていく。全学連は、全学連パンフレットを活用した組織化を進めていった。

 公安警察と各大学の職員が肩を並べて全学連の署名活動を監視する姿も、相変わらずであった。特に2011年12月以降、権力と一体となって新聞会つぶしに奔走した宇都宮大学当局は、今年も新聞会による正門前での署名情宣に対する妨害に出てきている。大学当局は軒並み、新入生に対して「ビラをとるな」「安易に署名に応じるな」と規制を加え、革命的学生運動との合流を妨害している。

 しかし全学連は、そんな一切の妨害を粉砕し、この間蓄積してきた〈戦時下の新たな革命的学生運動〉を組織すべく、革命的学生の組織化に奔走した。

全学連新入生歓迎講演集会をかちとる

全学連中央執行委員会のあいさつ
 全学連中央執行委員会は、元原発労働者・原発労働裁判原告の梅田隆亮氏の講演と天皇上陸阻止沖縄青年実行委員会からの現地報告の2本立てからなる4・23新入生歓迎講演集会を企画し、成功をかちとった。

 講演集会当日の4月23日、原宿の神宮前区民会館の会場を制圧した首都圏学生の手で、テキパキと準備が進む。神宮前区民会館周辺には警視庁私服刑事どもがびっしりと張りつき、新入生の集会参加を妨害しようと露骨に動き、集会参加者を撮影するなどの威圧行為を平然と行なってきたが、すべてはムダであった。午後5時の開会までに、学生や一般参加者らが続々と集まり、会場は満席状態となった。

 講演集会は、司会からの開会あいさつの後、主催者である全学連中央執行委員会から主催者あいさつが行なわれる。「オバマが今日来日し、首都中枢が厳戒態勢下に置かれるなかでの講演集会となった。元原発労働者の梅田氏の講演、そして沖縄現地での闘いの最先頭に起つ沖縄青年実からの現地の報告を聞き、安倍政府の進める原発再稼働・新(増)設―核武装攻撃や沖縄・名護新基地建設への怒りに燃えて、今後闘っていく糧にしていこう」と参加者全体に訴えた。
梅田氏の講演
 梅田隆亮氏が登壇し、「原発を考える〜労働者の被曝と使い捨ての実態から」と題する講演に入った。
 梅田氏は、かつて1979年に中国電力・島根原発1号機や日本原電・敦賀原発で孫請け労働者として働いた経験を元に、原発労働の過酷な実態を明らかにする。「加圧水型原子炉を稼働するためには定期点検が13ヵ月に1回必要になる」「内部は非常に暑く、湿度70度、温度は50度〜60度になるので、長い時間作業が続けられない」「ロボットなんかではとても作業はできない。人間の手で、3000人〜3500人の手で点検をやらねばならない」「1日に1時間〜3時間しか作業できず、あとは待機となるので、30日間の定期検査にはどうしても人員がいる」。そして、梅田氏自身が受けた健康被害の実態を明らかにする。「原発労働で亡くなったり怪我をしても、表面に出ることはない。原発労働者には内部被曝をした、という意識がない」「ホールボディカウンターの検査を受けると、異常な数値が出る。コバルト57・58・60、マンガン54、セシウム137といった放射能が検出された。大量に浴びた放射能によって鼻血や吐き気、脱力感といった症状が出てきたが、放射能被害をまともに検査する機関が広島大と長崎大しかない。検査自体も、日立が元請けということがあり、『8・6シーベルトしかない』『労災適用ができない』として放置されてしまう」。さらに「検査自身を受けていない原発労働者も約50万人中38万人も存在している」という、恐るべき実態を暴露していく。まさに原発労働者が使い捨てにされているのである。さらに、梅田氏は原発労働における「鳴き殺し」「特攻隊」の存在を明らかにする。「カウンターにアラームがついていて、それが入ったとたんに鳴り出す。だから濃度の高いところに人を送り込み際に、誰かにカウンターを預けさせる『鳴き殺し』が行なわれている」「濃度の高い所には誰も行きたがらない。そこで、『特攻隊』と言って、7倍の手当を出し、なおかつ『労災を申請しない』という約束をさせて、濃度の高い所に行かせることが行なわれていた」。さらに、原発労働者を確保するための悪辣な手口も暴露される。「人を確保するために、路上生活者のところに行き、台帳を作って原発に送りこんでいく」「北九州で暴力団関係者が人員を集めて原発に送り込んでいることも報じられている」。さらに「『安全教育』が現場で徹底していない。本当のことを話せば労働者の1割は帰る。残った労働者だけでは作業ができないので、現場では誰も本当のことを言わなくなる」と、現在も続く職場での放射能被害の隠蔽の実態を暴露する。

 そして、梅田氏が自身の内部被曝問題の追及に起ちあがる過程も鮮明にされた。「千葉にあった『放射能影響協会』(現在は東京)との電話のやり取りでは、私は体内に蓄積する放射能の量からして、既に『死んでいる』ことになっていた。原子力資料情報室が調べ上げ、厚労省との闘いに入った」「正式に認定されると次々に名乗りを上げる者が出てくることを危惧し、結局厚労省は、私を『内部被曝』とせずに突っぱねた」。そして、「福島第一原発事故」を受けて反原発運動が活発に展開されるようになり、関連書籍も多数出版されているが、「労働者の内部被曝を取り上げているものは少ない」とし、原発労働の問題をさらに追及すべきであることを強調した。そして2012年に開始した梅田氏自身の原発労働裁判について「今年7月に10回目の公判がある。訴訟を続けると財政的に厳しくなる。これからの闘争の課題となるが、闘いはやる!ここまで来たらやめない」「もし1審(福岡地裁)で勝てば、多くの若い人たちに希望を持たせることができる。国に責任を取らせる」と、力強く闘う決意を表明した。

 以上の梅田氏の講演を受けて、参加者との質疑応答がなされる。「原発反対の声が、なぜ地元で起きにくいのか」の質問には「原発側が隠蔽工作をやっている。原発が存在することで発生する被害の実態、特に見えにくい内部被曝の問題などを、もっとハッキリ言わないといけない」とした。さらに、被曝労働を強制された者同士の横のつながりについて「できている。私の裁判に証人として出てくれる者もいる」と、闘いのうねりが広がり始めていることを明らかにした。

 最後に、参加者全体で梅田氏への熱烈な拍手を送る。こうして、梅田氏の講演が締めくくられた。
天皇上陸阻止沖縄青年実行委員会からの現地報告
 続いて、天皇上陸阻止沖縄青年実行委員会が「沖縄現地からの特別報告」と題して、沖縄現地での闘いと現状の報告を行なう。報告は、「〆鯒末の知事の『公有水面埋立申請』の『承認』について」「普天間、辺野古闘争の18年について」「2縄労働者人民が問うもの」「ず8紊瞭いについて」の4点で構成されていた。

 ,砲弔い董知事・仲井真の言い放った「140万人県民を代表してお礼を申し上げる」などの発言を紹介し、「沖縄はカネで転ぶ」「ゆすり、たかりだ」なぞと評価されかねないことを危惧するとともに、沖縄現地ではカネで沖縄を売った仲井真への怒りに溢れていることが紹介された。△砲弔い討蓮■隠坑坑暁以降の名護新基地建設策動と、それに抗する沖縄労働者人民との激闘の過程が紹介される。辺野古沖での沖縄防衛施設局との肉弾戦、粘り強いテント村での座り込みなどを通し「18年のなかで、沖縄労働者人民は押し続けている。負けてない」とした。について、沖縄労働者人民がなぜ闘い続けるのかについて、まず「『尊厳』をかけた闘い」として「奪われたものは、取り戻すしかない」とする。さらに「沖縄戦の体験とその継承」として、沖縄戦を経験した世代が、闘いを次の世代に引き継ぐものとして、起ちあがっていることを明らかにする。そして、そんな闘う沖縄労働者人民の合言葉が「絶対にあきらめない」であることを示し、日々闘いぬく沖縄労働者人民の力強さを鮮明にしていった。そのうえで青年実は、い砲弔い督鶺する。沖縄労働者人民が7月にも迫る辺野古沖のボーリング調査に対する闘いを準備していることを紹介する。講演集会直前の4月19日に、辺野古海岸で座り込み10ヵ年記念集会が行なわれたことを紹介した後、最後の締めくくりとして「辺野古の闘いは50年先、100年先の沖縄を決する重要な闘い」「現場での闘いは、生きた学問・思想を生み出す」「現場に駆けつけた者が勝利し、新しい政治を作りだしていく」として、沖縄現地の闘いへの決起を参加者に訴えた。
 質疑応答の後、最後に司会から閉会が宣言され、講演集会は終了した。

 全学連首都圏ブロックは、この講演集会をステップとして、〈戦時下の新たな革命的学生運動〉の創出へさらに奮闘する決意である。安倍極右政府がいかに「アベノミクス」なぞを強弁しようと日帝の危機が深化しているのは誰が見ても明らかである。そんな時代の中で管理強化が進行し、学生の間で閉塞感が重く広がっている。そんな時代を変革する新たな潮流の台頭が待たれている。革命的学生運動を構築する側として、現代社会の矛盾に直面し疎外感を持つ学生の間に分け入り、プロレタリア革命を展望する革命的学生運動への決起を、あらゆる機会を捉えてさらに訴えていかなければならない。時代の要請に応えうるためにも、首都圏からの新たな学生の大量決起を何としても実現しなければならない。


関西大学

 「『障害者』の解放をめざす会」は、関西大学学生に「障害者」解放運動への決起を呼び掛けるべく、企画を行なった。

 5月16日、吹田市立勤労者会館にて、DVD『こんちくしょう −障害者自立生活運動の先駆者たち』の上映と闘う「障害者」の話を聞く企画が行なわれた。DVD上映では「障害者」の自立とは、あたりまえに生きる権利をかけた闘いであること。「障害者」が自分の意志と責任において自分の生活を作っていくことが、「『障害者』は一般社会に在ってはならない」とする社会認識や、それに拠っている政府、厚生労働省の福祉政策に対する命がけの闘いであることが訴えられた。

 闘う「障害者」の話を聞く企画では、全国「障害者」解放運動共闘会議(全「障」共)で闘う「障害者」が自身の生い立ちと教育から排除されてきた体験を語った。そして「障害者」がいかに社会から排除されてきたか、なぜ「障害者」は「障害」からの解放ではなく、差別からの解放をかちとろうとしているのかを語り、現在もなお、介護の商品化のもとで、〈自立と解放〉の条件が奪われていることが語られた。

 「障害者総合支援法」は、「障害者自立支援法」を一部見直しただけの、介護の商品化に貫かれた「法」である。介護の商品化は「障害者」と介護者との間に資本を介在させることで、介護を資本による利潤追求の手段にするものだ。その必然的帰結として、「障害者」と「健常者」の〈共闘・共生〉の条件を奪い、破壊し、「障害者」解放運動を解体していくものに他ならない。「障害者総合支援法」を徹底した差別糾弾闘争で粉砕しなければならない。

 安倍極右政府の朝鮮反革命戦争突撃もとで、優生思想の強化がもくろまれている。「尊厳死法」の制定に向けた動きが加速しているのだ。今国会での「法」案提出は見送られたといわれているが、予断を許さない。「尊厳死」法制化をはじめとする優生思想の強化を許してはならない。全「障」共の結成を力に、全障連運動の歴史的地平を革命的に継承・発展させ、「障害者」解放運動の飛躍をかちとれ。

 世界大恐慌爆発情勢の深化と戦時国家体制形成の攻撃の中で、学生は資本への隷属を日々競わされている。しかしだからこそ、闘う条件さえあれば学生は必ずや決起する。学生に闘う場所と手段を指し示すことが革命的学生運動の責務だ。怒りを現状の変革と反革命戦争粉砕に組織しなければならない。

 〈戦時下の新たな革命的学生運動〉の全面展開で、闘う関大生の1人も漏らさぬ組織化を断固、かちとっていかねばならない。


福井大学

 5月9日、福井大学社会思想研究会は、反原発・反核闘争をテーマに、新入生歓迎講演会を開催し、大成功をかちとった。

 福井大学社会思想研究会の学生は、企画の成功と新入生の組織化にむけて精力的に情宣を行なった。9日当日午後2時から大学近くの市民会場で、福井大学社思研主催で「原発再稼働を許さないために〜福井での闘いの報告」と題して講演会が開始される。講師は、地元福井で反原発闘争を闘う若泉政人氏が務めた。

 最初に、福井大社思研より主催者あいさつがあり、続いて、若泉氏の講演にうつる。若泉氏はみずから用意したレジュメに沿って、(^羝の原発の動き、∧^羝の動き、J^罎任粒萋阿裡嚇世砲錣燭辰届辰鮨覆瓩討い辰拭

 1つ目の福井県の原発の動きでは、関西電力は、大飯、高浜原発の再稼働について想定する地震の揺れを従来より大きめに見直し、震源の深さ3キロを求める「原子力規制委員会」の指摘に従うことを了承したとして、「耐震強化工事」が済めば再稼働が強行されるということを指摘した。
 2つ目の福井県の動きでは、福井県知事・西川が4月17日に経産相・茂木と面会し、原発停止交付金創設を要請したことと、福井大附属国際原子力工学研究所(敦賀市)が、政府が2014年度に公募・指定する方針の「廃炉研究拠点大学」に、申請の準備を進めているということが明らかにされ、若泉氏はさらに、5月10日に、オーストリア・ウィーンで国際原子力機関(IAEA)国際会議があり、福井県知事・西川が出席予定であること、来年2015年に福井県でIAEA国際会議が開かれようとしていることも明らかにした。

 3つ目の福井での活動では、若泉氏は、毎週金曜日に定例行動として県庁前アピール行動と県庁一周デモを3・11以降続けてきていること、県の原子力防災計画について2月越前市、3月福井市との意見交換会を行なうなど、さまざまな取り組みを行なっているとし、5月21日判決公判の大飯原発運転差し止め訴訟について若泉氏は、「3・11以降の原発運転差し止めを求めた裁判では、全国初の判決が出るということで大変注目される裁判です。5・21判決公判に注目をお願いします」とした。

 若泉氏は、大飯原発、高浜原発の再稼働阻止、「もんじゅ」の廃止、福井県内の原発をふくめ全国の原発廃止に向け、今後も闘う決意を明らかにして講演を終えた。

 講演後の質疑応答では、学生の組織化をいかに進めていくかという課題に議論が集中し、活発な討論がかわされた。

 福井県は昨年10月にIAEAと「原子力人材育成に関する覚書」を締結した。原発輸出のための人材育成の研究拠点として福井県を打ち固めようというのだ。それに積極的に関与しようとしているのが福井大である。すでに福井大は、「我が国の原子力立国計画の実現に寄与する」として、附属国際原子力工学研究所を2009年に設立し、2012年3月には同研究所を敦賀市に移転した。福井大は、「国のエネルギー政策はまだ不確定。東南アジアでは原発の建設ラッシュが続き、日本の持つ知識や技術が必要とされている。県や国への提言など使命を果たしていきたい」(学長)として、原発輸出をはじめとした日帝の原子力政策に貢献することを表明し、そのための教育・研究・人材育成を進めているのだ。こんなことを許してはならない。

 2012年7月の大飯原発3、4号機再稼働にゴーサインを出した「福井県原子力安全専門委員会」なるものは、日本原子力発電などから寄付金を受け取っているような御用学者の集まりであり、しかもこの中には、委員長である福井大名誉教授・中川秀行を筆頭に福井大教授・飯井俊行など福井大関係者が含まれている。

 福井大社思研は、学内の反核の声を一掃しようとする福井大学当局と敢然と対決し、「原発銀座」とも称される福井の地での反核・反原発闘争を闘う学生の組織化に向け、ねばり強く闘いぬく決意である。福井県内の闘う労働者人民と連帯し、「もんじゅ」の廃止、大飯原発・高浜原発再稼働阻止に向け闘いぬいていく。


徳島大学

 徳島大学では、4月2日に文化団体連合会などの主催で、新入生一〇〇〇人以上を集めて新入生歓迎サークルオリエンテーションを成功させたことを出発点にして新歓へと突入していった。

 新聞会の学生は、4月14日・15日、「日本・原子力政策の裏側」と題し、自主制作パネル展を開催した。首相・安倍が叫び立てている「汚染水はコントロールされている」がウソッパチであること、日帝はプルトニウムを約45トンも保有しており原子力にあくまでもしがみつくのは将来に向けた核武装のためだと、暴露していった。また、安倍政府が、「積極的平和主義」を叫び、「集団的自衛権の行使」容認や、自衛隊へのオスプレイ導入に突撃していること、日・米帝が年末にも、日米安保の「ガイドライン」をより双務的に再改定させようとしていること、今年秋にも狙われる沖縄・名護新基地の着工も含め、すべては朝鮮反革命戦争へ向けた準備であるとして、革命的反戦闘争への決起が呼びかけられている。参加した新入生からは、「メディアは本当のことを伝えない」、「福島で、小児甲状腺ガンが急増しているのはショック」、「政治家が、『核の保有は憲法上禁じられていない』と言っているのは信じられない」と、活発な討論が起こり、例年に倍する学生が結集した。

 部落解放研究会の学生は、4月22日、狭山パネル展を開催した。一度の事実調べも行なわれないまま、第三次再審棄却が策動されている中、無実の部落民である石川一雄氏の怒りと無念を共有し、狭山闘争勝利に向け起ち上がっていくことが訴えられた。この企画と討論を通じて、新メンバーを迎えている。

 〈東北大、徳島大の全国拠点化〉を担いきり、伊方原発再稼働阻止の現地実力闘争をはじめ、全国各地の闘いに打ってでる陣形を構築していく決意である。ともに闘わん。


九州大学

 4月7日、全学連九州ブロックを先頭とする解放派の部隊は、九州大学入学式会場である九大伊都キャンパス椎木講堂前に登場し、新入生に対して革命的学生運動への結集を熱烈に訴えた。以降、「全学連パンフレット」を武器に、新歓闘争を貫徹している。

 4月23日と5月27日には、「『障害者』解放をめざす会」が、伊都キャンパス最寄りの市民会場において、「新入生歓迎公開学習会」を連続企画として開催した。2回の学習会では、約30年にわたり地域で自立生活を営んできた「障害者」が講師となって、「障害者」が置かれている状況や、制度に依存することなく地域で人と人との関係性を作ることの重要性について提起した。これを受けて参加した新入生との間で活発な質疑応答が行なわれた。講師は、「障害者自立支援法」―「障害者総合支援法」のもとで「ヘルパー派遣制度」が存在する今も、これに依存せずに、これまで自力で築いてきた友人や学生らによる介護を受けながら自立生活をしている。3年前には、仲間とともにアフリカ―タンザニアにも渡った。

 第1回目の講演では、アフリカを訪れた経験から、「障害者福祉」のほとんどない国・地域において「障害者」がどうやって生きているのか、どのような生き方をしているかを自分自身で確認したかったこと、制度が極めて不十分であっても生きるための方策を自ら模索しながら生計を立て、誇りをもって生きている「障害者」たちに出会えたことなどが明らかにされた。現在の日帝の「障害者福祉」制度は、それに依存しなければ「障害者」が生きていけないようになってしまっていること、「障害者」の生き方を制限し、当たり前の関係性を築く権利すら奪い取ってしまうという本質的な問題があることが訴えられた。

 第2回目は、「なぜ、アフリカに行くことができたか」という切り口で、講師がこれまでに築いてきた「健常者」との関係性について提起が行なわれた。講師は、自立生活を開始してからの生活は介護者の確保に苦労したこと、同じ「脳性マヒ者」の女性と結婚し子どもが生まれてからは、育児支援の担い手を集めるために奔走したこと、こうした中で「障害者」が地域で暮らすことの意味を全身で訴え続けてきたことなどを語った。「重度障害者」である講師が、アフリカの地に行き、交通・生活インフラが整っていない中でも人々との交流を実現できたのは、こうした長年の闘いがあったからであり、その生き方に共感し関わろうとし続ける人々がいたからである。講師の話は、参加した学生たちにとって新鮮な問題提起となった。

 九大では、全学教育の伊都キャンパスへの移転以降、九大当局の意向に沿った御用学生の団体による新歓行事が恒例のものとなっている。学生の自主的活動に対する大学当局による取り締まりも厳しさを増している。しかしながら、学生の中に、こうした状況への疑問と怒りも確実に増大している。何より〈大恐慌時代―大失業時代〉の到来は、学園内にも、社会変革の機運をもたらさざるを得ない。われわれは学生の怒りの決起を組織し、革命的学生運動の飛躍を実現していく決意だ。


沖縄大学

 沖縄大学はでは4月4日、入学式が行われた。それ以降、沖大社会思想研究会は、学生に向けて反戦・反基地闘争への決起を呼びかけた。とりわけ昨年末の知事・仲井真による「埋立承認」をうけて、攻撃が一挙に激化している名護新基地建設を阻止するために辺野古現地への決起を訴えた。学生への呼びかけは、闘いの只中で行なわれた。4月16日には「埋立承認」した仲井真を徹底追及する「辺野古埋立承認取消訴訟」の第1回公判闘争が、150人以上の結集で闘われた。19日には辺野古現地で「海上抗議パレード」と抗議集会が開催された。われわれはこれらの報告を行なうとともに、辺野古の闘いが「50年先、100年先の沖縄の将来をかけた闘い」であることを学生に粘り強く訴えた。

 4月22日、沖大社思研は市民会場で「公開学習会」を開催した。「わたしたちにとって辺野古とは」と銘打って行われた学習会には、新たなメンバーも参加した。学校のような一方向のやり取りではなく、お互いが意見を出し合い、それをめぐって討論をする方法で進められた。ある参加者から「闘いから、何を継承し、何を生み出していくのか」について質問を受ける。社思研は「戦争をさせないために基地に反対するという前提、子や孫の世代にあるいはアジアの人たちに同じ思いをさせたくないという決意、われわれはこの2点を闘いから学び、引き継いでいくべきではないだろうか」と提起する。沖縄戦を根幹にすえた反戦・反基地闘争の意義について、普天間で闘うメンバーの語りなどを紹介しながら議論を深めていった。多くの学生にとって、沖縄戦と眼前にある軍事基地が必ずしも結びついていない。世界各地で起きている戦争と出撃拠点の役割を担わされている〈基地・沖縄〉のつながりをつかみ切れていない。だが契機さえあれば、問題の核心を掴み取り、豊かなアイデアと行動力をもって必ず起ち上がる。

 教科書攻撃や天皇来沖など、あらゆる方法で青年層を取り込もうとする動きが強まる中で、学生の組織化は焦眉の課題である。われわれは、普天間基地解体・名護新基地建設阻止を全力で闘いぬき、その闘いの只中から沖大を〈戦時下の新たな革命的学生運動〉の拠点としてうち固める決意である。