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東北関東大震災被災労働者人民支援大運動を

 名護新基地建設阻止の爆発かちとれ!
8・23「県民大集会」に3600人が大結集 〈沖縄〉

(1116号4面)

安倍政府の横暴に怒りが爆発

 さあ、闘いはここからだ。8月23日、辺野古現地において「止めよう新基地建設! 8・23県民大集会」が開催された。主催は、「沖縄平和運動センター」や「沖縄平和市民連絡会」などを呼びかけ団体とする実行委員会である。海上―陸上を貫く辺野古現地闘争を全力で闘いぬいてきた仲間たちが「2000人結集」と呼びかけ、全力で組織化に奔走した結果、わずか1週間足らずの準備期間をもって目標数をはるかに上回る3600人が大結集したのである。7月のキャンプ・シュワブのゲート前で座り込みを開始して以降の最大結集であり、辺野古闘争はここに新たな歴史を刻みつけた。辺野古現地にかけつけ、ともに激闘を担ってきた天皇上陸阻止沖縄青年実行委員会と沖縄・首里日雇労働組合も結集し闘いぬいた。

 シュワブ第一ゲート付近においては、この日も朝から歩道沿いに座り込みテントが張り出され、沖縄内外から闘うメンバーが結集する。午前中は約300人の結集で、海上行動隊への激励行動やゲート前でのワッショイデモなどが闘われる。テント村は、集会前日に海上保安庁の暴力によって仲間が負傷したことに大きな憤りが充満している。頸椎捻挫全治10日間の怪我を負った海上行動隊のメンバーは「海保はカメラがあるところでは『大丈夫か?』と声をかけてくるが無くなると暴力的になる。怒りをもって糾弾したい」「フロート(浮具)近くで抗議行動をしていたら、カギ棒でカヌーを引っ張られゴムボートにあげられた」「ゲート前の仲間が辺野古の浜まで激励しに来てくれたのはうれしかった」と語り、闘い続ける決意を表明する。

 正午過ぎには続々と集会参加者が結集し、会場整理も間に合わないほどだ。われわれは、普天間や辺野古でともに闘いぬいてきた仲間とともに資材搬入阻止闘争の現場であるシュワブ第一ゲート前に立ち、「辺野古埋立反対」のプラカードを掲げてアピール行動を行なう。午後1時には民間警備員の手で第一ゲートが封鎖され、工事用の資材搬入は完全にストップした。「県」警はほとんどがゲート内に撤収し、白バイを走らせることと基地内からカメラを向けることくらいの弱々しい介入しかできない。主催者より、「マイクロバスを含め35台を那覇市と沖縄市から出しているが、乗りきれない人がたくさんいる」と報告される。一帯は瞬く間に参加者で溢れ、最終的に国道両側の歩道と基地フェンス沿いのわずかな空間は南北数百メートルにわたって埋め尽くされた。

辺野古現地で大集会

 午後2時、ゲート前行動の現場指揮者である「沖縄平和運動センター」の山城氏が司会を務め、シュプレヒコールが行われる。「新基地建設反対!」「埋立工事やめろ!」。参加者の怒涛のような怒りが基地に突き刺さった。ステージ上から集会の様子を見渡した主催者たちは誰もが興奮を隠さない。「工事車両の出入りをいっさい止めている」「県民が反対する基地は絶対に造れない」「この日が来るのを待っていた」「基地は百害あって一利なしだ」と。

 「沖縄平和市民連絡会」の高里鈴代氏は、「69年前に沖縄戦は終わった。でもその痛みを抱える沖縄に今なお軍事基地がある。その暴力は沖縄のわたしたちに、また他の国の人々に向かっている。その基地が69年もあるのに、さらに新たに辺野古の基地を建設をすることを、どうして私たちは認め、受け入れることができるでしょうか」と切々と訴える。現地住民団体として挨拶に立った「ヘリ基地反対協」の安次富浩氏は、「1週間でこれだけ集まったのは画期的なこと。この闘いは必ず勝てる」「カネで魂を売った仲井真知事、暴力で立ちふさがる安倍政府、その尖兵となる海保職員に目に物見せる闘いをやろう」と熱く訴える。「二見以北住民の会」会長は、「(ブイ設置前の)13日までは大浦湾は平和な海だったが、14日以降は毎日、船団が浮かび、まるで戦場の海となっている。生き物たちは苦しんでいるはずだ」「あきらめてはダメ、黙っていてはダメ、傍観者になってはダメ。頑固にがんばる」と語る。名護市民代表として名護市長が登壇し、「どうしてここに集まらなければならないのか。それは昨年12月27日に仲井真知事が埋め立てを承認し、『いい正月を迎えられる』と言ったことが事の始まりだ」「辺野古の海を海上保安庁の船がびっしり埋めている。それは69年前、沖縄戦を戦場とするために沖縄中を軍艦が取り囲んだ光景と全く同じだ。この国はどこに向かっているのかと思わざるをえない」と訴える。

 すべての発言が終了し、アピール文が読み上げられる。「今問わなければなりません。沖縄県民に主権はあるのか、基本的人権は尊重されているのか、広大な米軍基地が居座り続け、『事件・事故』が後を絶たず、オスプレイが強行配備されたこの沖縄は戦争が終わったと言えるのか、と」「私たちは今日、海での抗議行動、陸での抗議行動と連携支援し、共に、辺野古の海を絶対に埋め立てさせない、新基地建設を阻止する、この決意をあらためて固めます」。万雷の拍手が沸き起こった。その後、司会者がデモ行進を提起する。埋め尽くされた歩道で身動きできる状態ではなかったが、参加者は自信に満ちた表情で基地に向かって怒りのシュプレヒコールを叩きつけた。閉会あいさつで、約一時間の熱気あふれる集会は閉じられた。

海上―陸上を貫く辺野古闘争の開始

 8・23辺野古現地闘争の爆発の背景には、18年余にわたって狄郡霖老設絶対阻止瓩魴任佳海韻詈嫐邯添造蟾みの闘いがあり、直接的には7月以降の海上―陸上を貫く現地闘争の前進・飛躍がある。「ヘリ基地反対協」は「基地の県内移設に反対する県民会議」の全面的な支援をうけて、7月7日よりシュワブ第一ゲート前において座り込み行動に突入した。闘いは毎日8時から夕方5時まで続けられた。これはブイ設置や海底ボーリング調査に使用する資材搬入を阻止するための闘いである。現場では「県」警との攻防を積み重ねつつ、歩道上に実力でテント村を開設し、ゲート前で約1時間ごとにワッショイデモを繰り広げた。沖縄内外から闘う仲間が次第に結集し始めた。海上行動隊も連日海に出て監視を続け、カヌー練習を繰り返し闘いの時を待った。海でも陸でも生き生きとした闘いが展開されたのである。マスコミが現場にはりついて大々的に現場の様子を報道し、あるいは参加者がブログやSNSを通して闘いを内外に発信した結果、辺野古闘争の激闘が全国に知れ渡った。焦り始めたのは沖縄防衛局である。7月1日に、シュワブ陸域の施設解体工事に踏み込み、「建設予定地で工事着手」と大々的に宣伝したものの、アスベスト問題を指摘され工事中断を余儀なくされた。また7月1日には、立入禁止区域拡大の「臨時制限水域」設定に関する閣議決定が強行されたものの、「制限水域」内を抗議船やカヌーが当たり前のように航行することについて防ぐことができずにいた。7月上旬、安倍に呼び付けられた防衛省幹部は「なぜ作業が遅れている。さっさとやれ」と怒鳴り散らされ、阻止闘争を何が何でも叩き潰そうと暴力的に踏み込んできた。その第一弾が、7月20日未明に強行したブイ(浮標)設置のための資材搬入である。午前2時半過ぎ、積荷も業者名も隠したトレーラー42台が、「工事車両専用」の入口とは異なるゲートから機動隊に守られて続々と基地に入ったのだ。22日には、シュワブ沿岸部において、ブイ設置に向けた桟橋設置を強行した。24日にも、トレーラー20台で資材が追加搬入された。こうした防衛局の卑劣な手口をみたメンバーは、夜間のゲート前行動の態勢も組み、怒りを倍加させていった。防衛局は27日に、第一ゲートを封鎖して一夜の突貫工事を強行し、ゲート前の歩道を不当に占拠して二重の鉄柵を設置し「泥落とし」と称する鉄板を敷いた。そして、民間警備員を多数動員し阻止闘争の前面に立たせた。鉄板は洗濯板のように山形鋼を溶接したもので、凸凹の鉄板上で転倒すれば命にかかわるような大変危険なものである。「泥落とし」とは真っ赤なウソで、阻止闘争を暴力的に排除することを狙ったものだ。こんなものを前日までワッショイデモを行なっていた道路上に敷設し、闘いへの威圧・妨害を図ってきたのである。これは防衛局の暴力性を象徴する犹人鉄板瓩箸靴独稟修鰺瓩咫即時撤去の声が厳しくつきつけられた。なお28日は、「沖縄『建白書』を実現し未来を拓く島ぐるみ会議」結成大会が開催される日であったが、防衛局はその日に合わせるかのようにゲート前を不当に占拠したのである。この日、それまでで最大の150人が現場に結集し、新基地建設に関わる土砂を搬入するダンプを止めるために、国道中央の安全地帯に座り込むなどして機動隊とわたり合い、徹底抗戦した。

 8月に入ると闘いの現場はより大衆的な広がりを獲得していった。「子どもに辺野古の状況を見せたい」という家族連れが現場を訪れ座り込みやワッショイデモに参加する、「現場を見てみたい」という修学旅行生がテント村を訪問するといった具合だ。そうした中で防衛局は、わざわざ早朝や夜間を狙って工事関係車両を集中的に基地内に入れるなど、なりふり構わず準備を進めたのである。

ブイ・フロート設置強行、ボーリング調査への踏み込み

 台風11号が明け、防衛局はボーリング調査強行に向けて作業を本格化した。8月14日、辺野古の海は狎鐓讚瓩伐修靴拭A案夜に作業員100人が基地内に入り待機、未明には海上保安庁の巡視船やゴムボート、チャーターされた警戒船や作業船で海域は埋め尽くされた。そして、午前7時半ごろついにブイとフロートの設置が強行されたのである。これは、「埋立申承認申請」にある「作業は日の出1時間後から日没1時間前」という自ら作ったルールさえ反故にする暴力的な手法である。しかもこの日は、波浪注意報が出ていたのであり、作業員の危険さえかえりみない防衛局の非道な姿が浮き彫りとなった。海上行動隊は果敢にカヌーで海に漕ぎ出し抵抗したが、「臨時制限水域」に近づくことさえできなかった。翌15日には、負傷者が出る事態となった。次々と身柄を拘束し、「法的根拠を示せ」という追及を無視し力ずくで排除をくり返した。17日には、ボーリング調査を実施するためのスパット台船が設置され、翌18日、ついに掘削作業が開始された。

 確かに海底ボーリング調査は強行された。それは、「反対しても無駄だ、あきらめろ」と沖縄労働者人民を威圧する攻撃だ。だが、追い詰められているのは防衛局の方だ。作業内容を見れば、それは「アリバイ作業」と言われても仕方のないものである。まず、当初の計画では海底掘削地点21ヵ所、うち単管ヤグラ9ヵ所、スパット台船12ヵ所とされていたが土壇場で計画を変更し、海底掘削地点は16ヵ所、すべてスパット台船で行ない、残り5ヵ所はシュワブの陸域部分で代用するとした。そもそも、掘削地点をそんなに簡単に変更できるのか。「陸域でのボーリングには何の意味もない」という意見もある。調査自体がアリバイである可能性すらあるのだ。また、当初見込まれていた「臨時制限水域」を囲むようにブイやフロートを設置することは全くできていない。わずかにスパット台船を囲む程度であり、カヌー隊は海保の妨害をかいくぐって、わずか数日でフロートに触れる地点まで到達し抗議行動を展開している。「『制限水域』を越えれば『刑事特別法』適用で逮捕しまくる」は、あっという間にただの脅しに過ぎなかったことがばれてしまったのだ。8月26日には、フロートを越えて抗議しようとしたメンバー九人が海保に一時的に拘束されている。今後はより厳しい弾圧も想定されるが、沖縄労働者人民は脅しに屈して闘いをやめるほど柔ではない。30日には海上行動隊を増員し、フロート内に突入しスパット台船近くまで迫っている。さらに大きな闘いも準備されている。

 テント村では、「これまでわれわれはぬる過ぎた。留置場がいっぱいになるくらいやらないとダメだ」といったことが参加者の口をついで出ている。防衛局や海保は、必ずや沖縄労働者人民の怒りに包囲され、吠え面をかくことになるだろう。われわれは、闘いの現場に執着し、大衆的実力闘争の大爆発で名護新基地建設を阻止するために全力で奮闘する。沖縄―日本「本土」貫く共同闘争をよりいっそう強化し、普天間基地解体・名護新基地建設阻止の最後的勝利に向け全力で闘いぬこう。