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東北関東大震災被災労働者人民支援大運動を

全国寄せ場で2014−2015年 越年・越冬闘争を闘いぬく(1129号4面)

「黙って野垂れ死ぬな! 生きてやりかえそう!」越年・越冬闘争をやりぬく  〈12・27-1・5 東京・山谷〉

12月初旬から越年・越冬闘争の準備活動

 安倍政府の公共事業増額、また東京オリンピック開催を受けた都市再開発で建設業界は活況を呈している。しかしこうした建設業の活況と山谷はまったく無縁なままで、恒常的な失業(アブレ)がこの2年間も続いている。

 それどころか東京オリンピックのための都市再開発を名目に、行政や国家権力と地域ボスの手によって野宿労働者への露骨な排除攻撃が強まっているのだ。たたき出しの激化は、野宿労働者への差別的な襲撃を誘発し、ほとんどの野宿労働者はブルーシートとダンボールなどで小屋立てをすることもかなわなくなってきている。

 山谷では日雇いの仕事が減って、年末・年始を迎えるこの時期、多くの仲間が極寒の下で、野宿を強制され、野たれ死にの危機に追い込まれる。さらに建設日雇い労働者以外でも、派遣やパート・アルバイト等の「非正規雇用」労働者は12月末で契約の打ち切りにあったり、長期休業によって収入の道を断たれてしまう。そのためネットカフェや終夜営業のファミリーレストランすら利用できなくなり、路上に放り出されてしまうのだ。このように失業と住居喪失の問題が年々、深刻化しているにもかかわらず、政府や東京都など行政は、失業問題に取り組むどころか、野垂れ死にを押し付けているのだ。

 東京・山谷日雇労働組合と越年・越冬闘争実行委員会は、一年中で最も過酷な越年期に玉姫公園を実力占拠し、「一人の野垂れ死にも許すな」と越年・越冬闘争をやり抜いた。

 まず、12月初旬から、玉姫公園での越年・越冬闘争のための準備の活動を開始し、越冬闘争の資金作りのために連日街頭に立って、広く労働者人民に支援のカンパ金、衣類・食料品などの物資カンパを訴えた。おりしも「アベノミクス総選挙」と重なり、安倍極右政府と自民党などに対する労働者人民の沸々とした怒りが、日雇い野宿労働者同士の越年・越冬闘争に対しては共感へと転化し、例年にもまして多くの人々が、山谷労働者の配るビラに応えて「越冬、がんばって下さい」と激励の言葉を添えてカンパを差し出してくれる。東京・山日労の事務所には、全国から支援する人々から送られてきたコメ・使い捨てカイロ、防寒用の衣類、フトン・寝袋などが続々と届けられた。

 12月13日と12月23日には、越年・越冬闘争実行委員会の会議が開かれ、今期の越年・越冬闘争は12月27日から1月5日までの10日間とすることが決定され、越年・越冬闘争に向かって準備の活動と体制が整えられた。

 12月26日には、定例の対金町一家への金曜朝行動の後、直ちに、玉姫公園に物資の運び込みや設営のための段取りに取り組んだ。越年・越冬本番前にもかかわらず玉姫公園には多くの山谷労働者、越冬実の仲間が結集し、野営用のテントの骨組みとなる仮設材を運び込み、またその他の物資などもトラックを使って搬入の作業が続けられたのだ。

12月27日、越冬闘争へと突入

 初日の27日早朝6時、越冬実の仲間が城北労働・福祉センター(センター)前に結集してくる。東京・山日労の赤旗をなびかせながら、仲間たちは、「スーパー島田屋」前に移動。早速、ハンドマイクで「玉姫公園に結集しよう」と訴えた。情宣活動を一旦終え、再びセンター前に戻り、玉姫公園での越年・越冬突入のため全体で移動を開始する。玉姫公園では既に準備のために労働者の仲間が待機している。朝の食事と打ち合わせを済ませると仲間たちは、準備の作業に取りかかった。設営を担当する仲間は、前日に搬入された単管・継ぎ手を手にして、巧みに大テントの設営を始める。また、トラックに積み込んである物資などを全員で公園内に運び込んだ。午後1時には、炊事用の建築廃材が公園脇に届けられ、それらをマキ置き場に運び込む。炊事班の仲間は、トラックから降ろした炊き出しの道具を点検・下洗いなどしながら、越冬実の仲間たちの昼用の食事作りに取りかかった。この間も、物資搬入を担当する仲間のトラックは、物資の引き取り・食材の搬入などでひっきりなしにフル稼働している。廃材は電動ノコを使って、物資班の仲間が利用しやすい大きさに切り揃えていく。

 初日は、設営など準備の作業が集中するために一番忙しい。さまざまな準備作業を終えると、越冬実の仲間たちが進行具合を全体で確認し、打ち合わせをすませた。午後6時からいよいよ越年・越冬闘争最初の炊き出しが始まる。公園外で待つ仲間たちを越冬実のメンバーが公園内に誘導して、熱々のご飯とトン汁を配る。それらを手にした仲間たちは、大テントの中で食事をかきこんだ。

 午後7時からは、越冬闘争突入集会だ。「反戦・反失業を闘う釜ヶ崎労働者の会」、福岡・築港日雇労働組合、沖縄・首里日雇労働組合から、連帯メッセージが紹介される。「釜ヶ崎労働者の会」は、「行政がしまる12月28日から年明けの1月4日まで、アオカン(野宿)のなかまの命を守る人民パトロールをうち抜きます」「大阪市長・橋下による野宿労働者おいだし、日雇い・寄せ場労働運動つぶしの『西成特区構想』を粉砕します。ピンハネ・ボッタクリのない社会、差別・抑圧のない社会、俺たち労働者が本当にいきいきとして生きていける社会を、闘ってかちとっていこう」。福日労の仲間は、「アブレ地獄に苦しみ、野垂れ死にを強いられる『運命』も、戦争に動員されて同じ仲間である他国の労働者を殺す『運命』も、きっぱりと拒否しよう。この『運命』を強いる者たちと闘う以外に、生きる道はない」「おれたち福日労も、福岡の地で、12月31日からの3日間にわたる越年・越冬闘争を闘い抜く」。沖日労の仲間は、「沖縄では12月31日から1月2日まで越年闘争を闘います」「朝鮮反革命戦争とファシズムが今以上に身近に迫ってくることは確実です。軍事基地の集中する沖縄において、政治の崩壊と朝鮮反革命戦争の切迫を強く感じざるをえません」。次に、東京・山日労が越冬闘争の基調を読みあげる。「アベノミクスでは貧しい労働者はより貧しく、極貧のどん底生活に落としこめられた」「舛添都政でも『特別就労事業』が削減されアブレがいっそう厳しくなってきた」「『野垂れ死に攻撃を許さん!』『仕事を出せ!』と追及する闘いに総力で決起しよう」「国家権力、金町一家の妨害を許さず、24時間の防衛体制と仲間の団結で玉姫越冬を守り抜こう」。

 突入集会の後は、準備作業の集中した初日ということもあり、早めの就寝体制に入り、防衛体制を確認して明日以降の越冬闘争に備えていった。

 28日には、初日にやり残した設営の作業を中心に取り組み、また29日に予想される雨・風対策を施した。夜10時ごろからポツリ、ポツリと雨が落ちてきた。予報より早まった冷たい雨で、仲間たちは全員でテント小屋の屋根を補強していった。夕食後のテント内での夜の企画では、「核・原発問題」をテーマにドキュメンタリー「原発導入のシナリオ」が上映された。

12月29日、「なぎさ寮」受付会場で玉姫越冬への合流を呼びかける

 29日、本格的な雨の朝を迎えた。この日は、東京都の山谷越年・越冬対策「なぎさ寮」入寮の当日受付が行なわれる。受付開始時刻より1時間早く、台東リバーサイドスポーツセンターの受付会場前に登場して、東京・山日労と越冬実の仲間たちが情宣活動を行なった。入寮希望の労働者が冷たい雨の中、長い行列を作っている。越冬実は、「黙って野垂れ死ぬな」のビラを配り、「1月2日の『なぎさ寮』におれたちは激励のために訪問する。5日には玉姫公園に戻ってきて、都庁・厚生労働省追及―弾劾行動にともに起ち上がろう」と訴えた。夕食後の企画では、「反戦・沖縄基地問題」で、高江ヘリパッド建設反対を続ける住民闘争を描いたビデオ「標的の村」が上映された。

 30日の夜の企画「労働運動の現場から」では、生コン車運転労働者の争議を追ったドキュメント映画「フツーの仕事がしたい」が上映された。

 2014年の大晦日を迎えた玉姫公園では、炊き出し班の奮闘で、炊き出しのメニューに「年越しソバ」が加えられた。そして31日の夜の企画では、「東京大衆歌謡楽団」がナツメロの歌と演奏を披露した。生演奏を楽しんだ後、歌好きの仲間がみんなに自慢のノドを披露する恒例の「カラオケ」大会で大いに盛り上がった。

2015年新年総決起集会がかちとられる

 越年・越冬闘争の折り返しとなる2015年1月1日、玉姫公園では午前11時から「団結モチつき」が開催された。「ヨイショ、ヨイショ」のかけ声で、4ウス分のモチをつきあげる。モチつきでは、慣れない手つきながらも、全員がキネをふるってモチを完成させていった。夜は、2015年の最初となる総決起集会だ。午後7時、越冬実本部が「2015年も『反戦・仕事よこせ』を闘うぞ! 安倍極右政府を打ち倒そう! 1・5都庁行動、厚生労働省団交を闘い、1・11日雇い労働者全国総決起集会・デモを闘うぞ!」と呼びかける。そして、越冬実の炊事、設営、物資、防衛、人民パトロールの各班が決意表明を行なった。その後、集会参加者全員に酒やジュースが配られ、乾杯して越年・越冬闘争後半にむけた決意をうち固める。集会の後は、江戸川区にある実在する鉄工所の労働争議をモデルに描かれた映画「ドレイ工場」が上映された。

 2日には、「なぎさ寮」に入寮している山谷の仲間との交流を深めるためにコーヒー、タバコ、果物、菓子などを持参して訪問・差し入れにでかけていった。午前10時、「なぎさ寮」に隣接する前庭でテーブルが広げられ、その上にはコーヒーやタバコが置かれ、入所する仲間を激励する。「なぎさ寮」では、数年前からタバコの支給が中止されている。また、入寮中に出る食事以外の嗜好品やカップラーメンなどもすべて有料となっている。そのため所持金のない仲間たちは、「なぎさ寮」ではタバコも吸えない、オヤツもとれないわびしい生活を強制されている。越冬実の訪問に、入所者全体の半数を超える仲間たちが前庭に顔を出し、タバコをくゆらせ、コーヒーをじっくりと味わって、ひと時を過ごした。夜の企画では、「山谷(やま)―やられたら、やりかえせ」の上映を行なった。映画を見た仲間たちは、金町一家との熾烈な攻防を通して前進してきた山谷労働者の闘いの歴史をつかみ取り、「1・11佐藤さん虐殺30ヵ年 山岡さん虐殺29ヵ年弾劾!金町一家解体! 日雇い労働者全国総決起集会」への決意をうち固めていった。

 3日の午前中には、年末・年始を東京拘置所ですごす獄中の仲間への激励行動が取り組まれた。夜の企画では、「韓国労働運動」をテーマとして、「韓進(ハンジン)重工業」のクレーン籠城闘争を扱ったドキュメンタリーが上映された。

総括集会で東京都庁・厚生労働省弾劾―追及の決意をうちかためる。

 4日、午後7時からは山谷越年・越冬闘争をしめくくる総括集会がかちとられた。東京・山日労は、「越冬に参加した全員が設営・炊事・防衛を含め全ての任務を分かち合い越冬闘争をやりきった。仲間の命は仲間の団結で守りぬく。うち鍛えられた団結を武器にして明日の行動、そして1・11日雇い労働者全国総決起集会を闘いぬこう」と提起した。越冬実を担った炊事班・設営班・防衛班・人パト班が発言し、最後に「団結がんばろー」で総括集会をしめくくった。その後、娯楽映画を見ながら、明日の最後の闘いに備え就寝の準備に入った。

 5日、仕事始めとなるこの日の朝の炊き出しをいつもよりも早めにすませると、東京都庁・厚生労働省弾劾―追及の闘いに参加する仲間たちは、組合旗、むしろ旗を先頭に玉姫公園を後にした。

 新宿駅西口に到着すると、都庁庁舎まで「ワッショイ、ワッショイ」と気迫に満ちたデモで進撃する。都庁前では、福祉保健局生活部の山谷担当課長・伊藤に対して追及の闘いを闘い抜く。「1ヵ月、2万円〜3万円の収入で生活ができるのか、もっと仕事を出せ」「センターの相談員が日雇い・野宿の仲間への仕事斡旋やパンの支給や宿泊援護を拒否している」「日曜・休日に娯楽室が閉鎖されるため雨の日や冬の日には多くの仲間が凍えている」「おれたちに『死ね』と言うのか」と鋭い追及の声が上がる。しかし課長・伊藤は、「(センターの対応)は適切だと判断している」「みなさんの要望は関係部署に伝える」などとまったく無責任・無内容な回答に終始した。30分にわたる弾劾―追及の闘いを終えた仲間たちは怒りに満ちたシュプレヒコールを都庁にたたきつけると次の行動へと移動する。

 10時50分に厚労省正門に陣取った東京・山日労と越冬実は「日雇い労働者のための仕事を出せ!」「仕事を作れ!」とシュプレヒコールをたたきつけ、すぐさま全員が団交の場に臨んだ。厚労省団交は、 嵬唄屬泙せ」ではなく、国が失業者に仕事を出せ∀働者の生活を破壊する「労働規制緩和」をするなボッタクリの飯場を取り締まれぜ唆伴圈¬扈貧働者に「貧困ビジネス」の犠牲を押し付けるな、という内容だ。しかし厚労省の役人どもは、「就職に備え、さまざまな職業訓練事業をやっている」「失対事業では労働者がその事業に『滞留』するのでもうやらない」「派遣法を変えれば、労働者はより就職しやすくなる」「飯場生活での経費は経営者が自由に決められる、労働条件として明示していれば違法とはならない」など悪徳業者の肩を持つ発言ばかりだ。初めて交渉に臨んだ仲間も、あまりな役人の対応に怒りを募らせる。一時間半にわたって交渉を闘いぬいた仲間たちは、再び正門前に整列してシュプレヒコールをあげ、厚労省に対する弾劾―追及の闘いを終えていった。

 今期の越年・越冬闘争でも飯場を締め出された建設日雇いの仲間、また日雇い派遣で仕事が切れた仲間などが玉姫公園に合流し、10日間の闘いをやりきった。山谷の労働者や野宿労働者全員が国家権力・金町一家による破壊策動を許さないために、睡眠時間を削り、深夜の防衛活動を含め24時間の防衛体制を担い抜き、連日の「人民パトロール」をやり抜いた。そして機動隊が包囲するなか、連日のワッショイデモに決起して、闘志あふれる闘いを貫徹した。

 10日間に及ぶ越年・越冬闘争では、期間中約2000食の炊き出しを行なった。また、炊き出しにくる仲間たちへの生活実態を探るアンケート調査を実施した。それによれば炊き出しを利用する仲間の約六割が野宿労働者で、その大半の現金収入源となっているのが東京都の「特別就労対策事業」の仕事だ。しかし、この仕事は1ヵ月間で3回程度しか回ってこない。そのため1ヵ月の収入が約2万円程度しかなく、これでは野宿生活から脱出することは不可能だ。

 安倍晋三の政策ブレーンでもある竹中平蔵は、「日本の従業員を全て『非正規雇用』にすべきだ」なぞとほざいている。安倍極右政府は、「成長戦略」の名の下に労働者人民の血の一滴まで絞り取り、大資本が延命するために「9割非正規化」と「タダ働き」を強制しようとしている。越年・越冬闘争で鍛えた日雇い労働者、野宿労働者、また「非正規雇用」労働者同士の団結を打ち鍛え、「反戦・仕事よこせ」の闘いの爆発で安倍政府を打倒していこう。




12・27「越年・越冬闘争へむけた上映集会」、12・28−1・4「夜回り・人民パトロール」を闘いぬく  〈大阪・釜ヶ崎〉

「越年・越冬闘争へむけた上映集会」を開催

 「反戦・反失業を闘う釜ヶ崎労働者の会」は、12月27日に西成市民館で「越年・越冬闘争へむけた上映集会」を開催した。そして、2014−2015年越年・越冬闘争が、12月28日から1月4日まで「夜回り・人民パトロール」として闘いぬかれた。

 12月27日の「越年・越冬闘争へむけた上映集会」には、多くの日雇い・野宿労働者が結集した。
 はじめに、東京・山谷日雇労働組合、福岡・築港日雇労働組合、沖縄・首里日雇労働組合からの連帯メッセージが読み上げられ、参加者からは大きな拍手が送られた。

 次に、集会の基調が提起される。基調では、「釜ヶ崎労働者の会」は、越年・越冬闘争として、街頭での資金をはじめ衣類・物資のカンパ活動を行ないつつ、12月28日から1月4日までカイロ、おにぎり、防寒着、タオル、ビラなどを持って「夜回り・人民パトロール」を闘うことが提起され、大阪市長・橋下の「西成特区構想」との対決が訴えられた。冬は、資本から見て利用価値の無くなった労働者を路上で殺していく時期である。そんなことを絶対に許してはならない。「西成特区構想」による「センター縮小・移転」は、日本最大の寄せ場である釜ヶ崎そのものの解体攻撃であり、日雇い・寄せ場労働運動解体攻撃である。大阪府警と一体となって大阪府・大阪市が、「釜ヶ崎を浄化する」として、釜ヶ崎に新たに5年間で数十台の監視カメラを数十億円も使って設置しようとしているのも、この「西成特区構想」の一環である。日雇い・寄せ場労働運動の命運を賭けて「西成特区構想」を粉砕しなければならない。

 いよいよ映画上映だ。一本目の上映作品は、山谷の労働者が天皇主義右翼ファシスト・国粋会金町一家と体を張って闘う攻防などを描いた映画=「山谷(やま)―やられたらやりかえせ」だ。「筑豊やまの会」から「生活保護の受給者シーンを隠し撮りしているのは差別だ!」という糾弾に対して、山谷争議団内部で丁寧な議論がおこなわれた。しかし、「山岡強一の遺作だから(差別部分の)カットも撮りなおしもしない」とする部分は、山谷争議団(日雇全協)に残った(いまでも上映委員会はこの差別映画を上映しつづけている)。俺たちの仲間は東京・山谷日雇労働組合(全国寄せ場交流会)をたちあげた。差別映画であった「山谷(やま)―やられたらやりかえせ」を福日労(いまの福岡・築港日雇労働組合)と東京・山日労の責任であらたに作り直した。差別を許さぬ闘いをしていくためには当然のことであったと、映画の説明がされる。山谷の日雇労働者が、ポリ公の弾圧をものともせず、右翼との体を張った激しい闘いを繰り返す。参加者は、熱心に見入っていた。 続いて、娯楽映画が上映され会場では大爆笑が何度もおこった。

 越年・越冬闘争の勝利へむけて「一人の野垂れ死にも許すな!」「生きてやつらにやり返そう!」「野宿のなかまへの襲撃を絶対に許さんぞ!」「橋下の『西成特区構想』粉砕!」「ポリ公、ヤー公の妨害・敵対粉砕!」「襲撃を断じて許さんぞ!」「仲間の命を守りぬくぞ!」「団結してガンバロー!」とシュプレヒコールをあげ、熱気の中で集会は終了していった。

「夜回り・人民パトロール」を闘う

 釜ヶ崎では、ドヤ(簡易宿泊所)にも住めずアオカン(野宿)せざるをえない厳しい失業状況が続いている。こうした中、大阪市は越年対策事業として今まで南港臨時宿泊所を設置していたが、利用者数の減少と財政難を理由にして今回から廃止とし、代わりの臨時宿泊所としてシェルター、三徳寮、自彊館、港晴寮の4ヵ所とした。そして、この厳しい失業状況の中、大阪市はまたしても入所資格を制限してきた。「あいりん地域に居住する、40歳以上の単身日雇労働者」という入所制限を行なっているのだ。入所受付については、2010年は12月29日と30日の2回だったのが、2011年から事前登録が必要となり、12月29日の1回のみとなった。今回の入所者数は、421人となっている。

 12月28日から、「夜回り・人民パトロール」が開始された。「人パト隊」は、ビラ、カイロ、おにぎり、タオル、風邪薬などを持って回っていく。まずセンターの周辺で野宿している労働者のもとを回る。ダンボールや布団を用意して野宿している労働者もいれば、何の用意もなく体ひとつで寝ている労働者もいる。カイロやおにぎりを渡すと「ありがとう」という声が返ってくる。センターを一周しただけで、80人ちかくが寒空の中寝ている。

 続いて「人パト隊」は、南海電車のガード下、萩ノ茶屋商店街、新開筋商店街、山王商店街のアーケードなど釜ヶ崎周辺を回っていった。釜ヶ崎では、近年、多くの日雇い・野宿労働者が生活保護を受給するようになった。しかし、「人パト」を通してわかったことは、前回よりも多少は少なくなったとはいえ、多くの労働者が釜ヶ崎周辺で野宿を強いられているという事実だ。大阪市の越年対策事業がいかに杜撰なものであるのかがわかる。この野宿労働者の数は、釜ヶ崎周辺だけのものであり氷山の一角にすぎない。大阪そして全国では、さらに膨大な労働者が正月なぞとはまったく関係なしに寒風吹き荒れる中、死と隣りあわせで野宿を強制されているのだ。

 「人パト」では、「アブレ地獄―野垂れ死に攻撃を粉砕しよう!」「一人の野垂れ死にも許さず、生きてやつらにやり返そう!」「野宿のなかまへの襲撃を絶対に許さず、なかまの命を守りぬこう!」「橋下による日雇い・野宿労働者追い出し、日雇い・寄せ場労働運動解体攻撃の『西成特区構想』を粉砕しよう!」などのスローガンの載ったビラを配布し、闘いへの結集を呼びかけていった。

 8日間にわたって「一人の野垂れ死にも許さない」越年・越冬闘争の「夜回り・人民パトロール」を貫徹した。越年・越冬闘争で培った団結をさらに強化し、反戦闘争を闘い、2014年寄せ場春闘で唯一、求人業者に「要求書」を手渡し労働条件の改善を要求してきたことにふまえ、「反戦・仕事よこせ」の闘いを闘い抜いていく。