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4・28日米首脳会談粉砕の在日米陸軍中枢と陸自中枢の同時攻略戦に勝利(1143号7面)

                                 革命軍

 革命軍より戦闘詳報が寄せられたので、これを公表する。

戦闘詳報

反革命戦争拠点「キャンプ座間」基地に革命的迫撃弾攻撃

 わが革命軍は、4月28日午前0時40分、神奈川県座間市と相模原市に所在する陸上自衛隊と在日米陸軍の軍事中枢である「キャンプ座間」に対して、隠密裏に設営した砲座二門から革命的迫撃弾攻撃を貫徹した。反革命軍事基地機能を徹底的に破壊し、壊滅的な打撃を強制した。

 わが革命戦士は、革命的ゲリラ戦攻撃に向け出撃する。「キャンプ座間」全域の敵動態の詳細が、わが斥候隊から入電する。日米安保体制の「歴史的大転換」を呼号する反革命の頭目・オバマと安倍による日米反革命首脳会談爆砕に、わが戦士の全身に革命的決意が漲る。再度、攻撃兵器を入念に点検・整備する。革命的ゲリラ戦に身構える日帝・政治警察による膨大な交通機関や街頭を始めとする人民抑圧のための監視カメラ網を、次々に無力化・突破し更に突撃する。「キャンプ座間」は、わが革命軍が過去数度にわたり革命的ゲリラ攻撃をかけ、易々と攻略した狆觝匹覆里性瓠O続する敗北に強化された米軍・自衛隊基地警備隊や神奈川県警による反革命防衛体制も長期にわたるわが斥候による索敵情報戦の前では猗瓦鰻雖瓩世蕕韻澄

 全部隊攻略地点に布陣する。二門のわが革命的迫撃砲が大地にガッチリと設置される。本ゲリラ戦闘のキーポイントは、「想定外」と敵を驚愕せしめる砲撃拠点設定である。周囲360度どこからでも視認でき、近隣民家が密集している「無謀」とも思える戦場設定は、逆に、ゲリラ戦の主戦場なのだ。これこそ、超長期にわたるわが索敵情報戦の成果なのだ。

 「よし戦闘準備完了」。敵のデッチ上げ策動を微塵も許さない革命的防御工作も万全だ。わが戦士は、勝利を確信し、砲撃拠点から撤退を開始する。

 4月28日午前0時40分ジャスト。わが革命的迫撃砲は砲撃を予定通り開始する。第一砲撃弾は、憎むべき在日米陸軍司令部(通称「リトルペンタゴン」)を目指して飛翔する。間髪入れずに、第二砲撃弾が陸上自衛隊・「中央即応集団」司令部を目指して飛翔する。そして、二門の革命的砲撃が完了するや直ちに、革命的兵器体系の秘匿と日帝政治警察のデッチ上げを含む反革命弾圧を1ミリも許さない諸措置が発動する。

 「ズゥドーン」「ズゥドーン」と半月の夜空をも切り裂く爆裂音と共に飛翔し、相次いで攻撃対象に命中・着弾する。全戦士は、日帝・治安警察の反革命包囲網を難なく突破して、撤退を完了した。

 夜陰の中、座間市や相模原市を覆い尽くした発射音は、米軍「キャンプ座間」基地警備隊や陸上自衛隊座間駐屯地警備隊どもを驚天させた。ただ為すすべもなく、上空を見上げるしかなかったのだ。米軍兵士どもは、イラク反革命戦争の悪夢の再来として逃げまどい、陸上自衛隊兵士どもは、イラク・サマワにおける22発の迫撃弾の再来と恐怖にうち震えるしかなかったのだ。これこそ、米軍と共に地球規模で反革命戦争を遂行せんとする帝国主義軍隊に対する武装し闘う全世界労働者人民による反撃の烽火なのだ。

 在日米陸軍司令部広報室長の中佐であるケビン・トナーは、28日午前、まだ神奈川県警機動隊や基地警備兵が基地内外を探索中にもかかわらず、異例にも「けが人はいませんし、敷地内からは何も発見されていません。警察の捜査に協力しています。何を狙ったものかはわかりませんが、市民を危険にさらす行為です」と急遽コメントした。この異例の早期の対応の中に本戦闘の衝撃力が見て取れるのだ。そして、自らの危険の時にのみ捜査に協力するなどとは笑止千万である。

 2004年沖縄国際大学への米軍ヘリ墜落時における傲慢な態度とは、180度違うではないか。ここに貫かれるものは、自らの危険には助けを求め、人民大衆の危険に対しては、妨害・放置するという米軍の反革命性そのものだ。基地の機能と存在こそ、爆音をまき散らし、日米地位協定に擁護された野放図な米軍兵士の活動と行動によって、基地周辺の住民に恐怖を与えており、基地存在そのものが危険の元凶だということだ。本戦闘は、米軍基地解体の闘いであり、攻撃対象は鮮明だ。

 この異例の対応は、2007年2月12日午後11時2分のわが革命的迫撃弾の命中・爆裂に恐怖した反革命総括なのだ。2・12砲撃戦闘翌日の2月13日、神奈川県警公安どもは、恐怖と混乱の中、現地捜査で、農機具の錆びた金属片や畑に捨てられた廃材の一部を「証拠」としてあげるほどの混乱ぶりであった。当時、わが革命的砲撃の威力に仰天した米帝・ブッシュは、「アルカイダの犯行」と米ABCテレビ放送を使って反革命デマを流し、日帝・安倍に対して「テロ対策の強化」を強く要請したのであった。そして、迫撃弾命中の3日後の15日、米軍基地内に総数100人以上の神奈川県警警備兵どもを動員し、基地内の徹底検索を行い、当然にも基地内に深々と着弾したわが砲弾の威力に直面せざるを得なかったのである。この打撃と衝撃は計り知れない。今回の異例の対応は、2・12砲撃戦闘に続く本4・28砲撃戦闘炸裂の打撃を少しでも和らげんとする米帝・オバマの悪あがきにすぎない。われわれは、継続的に闘いぬく在日米軍「キャンプ座間」解体戦闘の「破壊力」を実証したのだ。

4・28戦闘の革命的意義

 わが革命軍は、2015年年頭において、「敗戦後七〇年」の歴史的転換点に、蜂起―革命戦争勝利の「未来」を決するための画歴史的戦闘を生死を賭してかちとり、権力闘争の本格的飛躍をかちとる決意を表明した。

 意義の第1は、日・米帝足下の労働者人民のみならず全世界労働者人民の狠躬覘瓩涼罅開催された日米首脳会談の開始直前の当日(最も彼我の白熱的攻防の沸点たる当日)に怒りの本戦闘が炸裂し、軍事基地機能を徹底破壊し、反革命戦争遂行態勢に痛打を与えた事である。

 第2は、「日米防衛協力のための指針(ガイドライン)」の改定による日帝の朝鮮反革命戦争突撃を実力阻止する突破口を戦取したことである。日帝は軍事的自立と肥大化で反革命支配の危機を乗り切らんとしている。「集団的自衛権の行使」で地球的規模での軍事的展開を策動している。日・米帝は、4月27日に、「ガイドライン」を18年ぶりに改悪した。

 第3は、日帝足下の沖縄労働者人民を始めとする名護新基地建設阻止・米軍基地解体の決起や、日米首脳会談を弾劾する国際的な反帝闘争と連帯し、1952年4月28日のサンフランシスコ条約発効をもっての「第2の琉球処分」=「屈辱の日」である「4・28」当日、日帝足下の尖端的戦闘的革命勢力の階級的責務において、日・米帝打倒の革命的武装闘争を貫徹し、戦闘に勝利したことである。

 第4は、プロレタリア革命に不可欠な帝軍解体の闘いを系統的継続的に戦取したことである。

 わが革命軍は、近年においては、2002年11月18日、国連査察先遣隊を隠れみのに、核先制攻撃も辞さない米帝・ブッシュによる、対イラク反革命戦争突撃に対する、断固たる怒りの先制攻撃として対「キャンプ座間」戦闘を敢行した。そして、2007年2月12日、イラク内戦下、米軍2万増派に対する断固たる闘いとして、同時に米陸軍第一軍団改編新司令部の「キャンプ座間」移転と、陸上自衛隊・「中央即応集団」司令部の「キャンプ座間」への新設を通した朝鮮反革命戦争に向けた日米軍統合指揮センター確立を許さぬ闘いとして対「キャンプ座間」戦闘を敢行した。系統的戦闘の貫徹は、米軍兵士の疲弊と消耗を惹起させ、内部的動揺と腐敗を拡大させている。

 2014年8月27日、米陸軍長官・マクヒューは、声明を公表し、「『キャンプ座間』のトップであり、在日米陸軍司令官の少将であるマイケル・ハリソンが、『キャンプ座間』に勤務する親しい部下の陸軍大佐が凶行した基地内勤務の日本人女性への性的暴行の事実を隠蔽し、その告発をももみ消さんと放置し、米陸軍はこの事件を隠蔽するために、この司令官を『更迭』し幕引きを図った」とした。在日米軍中枢のみならず米陸軍中枢において、「綱紀粛正」を建前としても腐敗がまん延し、それを闇から闇に葬って隠蔽する米帝軍の帝国主義軍隊としての反革命本質が露わとなった一例である。革命軍はさらに、在沖―在日米軍基地・自衛隊基地に対してパルチザン戦・ゲリラ戦を叩き込み、革命的反戦闘争の先頭で帝軍解体を闘い抜く。

 そして意義の第5は、建軍武装闘争の飛躍的前進をかちとったこと。

 その1は、革命的敢闘精神をいかんなく発揮し本戦闘の勝利を闘い取ったことである。 本戦闘の特質は、「戦後史の大転換」という政治的緊張関係が最も切迫した時点での戦闘の貫徹である。日帝政治警察、日・米軍防備兵の眼前に躍り出て戦闘を貫徹するわが闘いは、日帝の戦争政策を実力阻止せんと虐殺をもいとわず生死を賭しての決起であり、全世界の労働者人民の未来をかけた闘いなのだ。

 その2は、日帝治安警察との24時間・365日の地下的攻防に勝利し、「自由なゲリラ活動の空間」を拡大し、1ミリの敗北も許さず戦果に結実させたこと。わずかな不注意が全体の決定的敗北を結果するという緊張感の中、非公然‐非合法領域を徹底的に強化し戦果をかちとったのである。「安全・安心の社会」の標語の下、労働者人民監視網は量的に拡大され性能も強化されている。街頭や道路・鉄道など交通機関やコンビニ・スーパーなどの商店や銀行をはじめとした金融機関など、非公然・非合法活動における監視カメラとの対決は、戦闘の成否を決するといっても過言でない。敵に絶対見抜けぬ変・偽装の更なる高度化が本戦闘の勝利を引き寄せたのだ。また、日帝は、3月26日、「偵察衛星」を打ち上げ、常時、計四機の光学衛星、レーダー衛星で地球上のどの地点でも1日1回撮影が可能になったと豪語しているが、どんなにカメラの解像度を高め、監視が強化されようとも、わが革命軍にとって縦横無尽の戦場は、尽きることがない。「人民の海」を力に、敵を打倒してやまない熱意で格闘すれば、必ず突破の道は開けるのだ。われわれは共産主義思想に裏打ちされた戦略と作戦、戦術において、その途についたのだ。

 その3は、本戦闘用に開発された革命的兵器が、打撃破壊力に於いて従来より数段の威力を発揮したこと、都市ゲリラ戦の必須の条件である操作の軽便性と携行時の安全性の前進をかちとったこと。対日帝武装闘争の間断なき戦闘の貫徹の中で、戦闘の勝利的貫徹のみならず、失敗・敗北を徹底検証し、研究・開発に革命的熱情を注ぎ込み、テスト・改良・テストの不断の努力と、ゆるぎなき確信のもと、本戦闘に挑み勝利したのである。

プロレタリア国際主義を鍛え上げ、反革命戦争粉砕へ

 在日米陸軍と陸上自衛隊の両司令部が同一敷地内で展開し、司令・情報・運用の統一指揮をもって、即応性が高い米陸軍の旅団戦闘チームで構成される第一軍団と対テロ特殊チームの陸上自衛隊・「中央即応集団」との反革命「統一軍」としての連携行動を目論み、国際反革命戦争の更なる拡大・激化を画策している。

 在日米陸軍司令部(司令官は、米陸軍第一軍団(前方)司令部の指揮を執るとともに米陸軍第1軍団副司令官を兼任、「平時」には実戦部隊をほとんどもたないが、「有事」には米陸軍第1軍団本隊が進出し、統合任務部隊を構成する)、米陸軍第1軍団(前方)司令部(2007年12月に新設)、在日米陸軍基地管理本部、第441軍事情報大隊(第500軍事情報旅団隷下で陸幕2部調査部と共同で諜報・防諜活動を担い「謎の謀略機関」と労働者人民から憎悪の対象)、憲兵大隊、通信大隊などが所在し、在日米陸軍の中枢部として、後方支援業務の指揮命令の統括や、作戦・訓練計画等の支援を行なっている。2006年5月の在日米軍再編合意に基づき、2007年12月に、米陸軍第1軍団(前方)司令部は発足した。在日米陸軍司令部は、「高い機動性と即応性を有し」、かつ、統合任務が可能な司令部に改編され、引き続き「日本国の防衛および極東の平和と安全の維持」を任務として、朝鮮反革命戦争突入を虎視眈々と狙っているのだ。

 「キャンプ座間」内に「共存」する陸上自衛隊は、「各種事態への迅速な対応のため、機動運用部隊や専門部隊を一元的に管理する」と称して、陸上自衛隊・「中央即応集団」司令部を2013年3月に、朝霞から「キャンプ座間」に移転し、改編された在日米陸軍司令部との「連携強化」を図ると宣言した。さらに、防衛省は、海外出兵の早期実践を目論んで、当初2018年度予定の陸上自衛隊の全国5方面隊を一元的に統括する「陸上総隊」の発足を2017年度に前倒しした。そして、「中央即応集団」を廃止して、その隷下部隊を新設予定の「陸上総隊」に移し、その司令部(数百人規模)を「キャンプ座間」の敷地内にある座間駐屯地に設置し、再編・強化せんとしているのだ。座間駐屯地には、侵略戦争の元凶―「頓死」した天皇・ヒロヒト専用の防空壕やヒロヒトの旧陸軍士官学校(基地)への「行幸の記念碑」が、今なお狠重瓩忘廚蠑紊欧蕕譟⊆衛隊員が皇軍兵士として、天皇と国家の為に死ねる軍隊形成が強化されているのだ。現在、駐屯部隊は、陸上自衛隊・「中央即応集団」司令部及び司令部付隊、第四施設群本部及び本部管理中隊、第388施設中隊、第390施設中隊である。陸上自衛隊・「中央即応集団」司令部(地上6階地下1階)は、相模原市南区新戸2958に所在し、座間駐屯地司令は、「中央即応集団」司令部幕僚長が兼務している。「中央即応集団」は、指揮官名として陸上自衛隊では初めて「司令官」呼称を用いている。司令官には、陸将(指定職3号)が就き、防衛大臣の直接の指揮監督を受ける。国内担当と国際担当のそれぞれ1人ずつの副司令官には陸将補が就く。シンボルマークは、「日の丸」を背景に、上に3つの桜花章、中央に青の世界地図を配するものとなっている。世界的規模で反革命戦争を担わんと豪語するものである。「中央即応集団」の総数は、約4500余人、部隊編制は、司令部及び司令部付隊(約395人)が座間駐屯地(神奈川県相模原市)、第1空挺団(約1900人)、第1ヘリコプター団(約900人)が木更津駐屯地(千葉県木更津市)、中央即応連隊(約700人)が宇都宮駐屯地(栃木県宇都宮市)、特殊作戦群(約300人)が習志野駐屯地(千葉県船橋市)、中央特殊武器防護隊(約155人)が大宮駐屯地(埼玉県さいたま市北区)、対特殊武器衛生隊(約70人)が朝霞駐屯地(東京都練馬区)、国際活動教育隊(約80人)が駒門駐屯地(静岡県御殿場市)と各地に所在し、「中央即応集団」司令部の下に統制されている。

 わが革命軍の二門の迫撃砲の炸裂は、訪米中の極右安倍をはじめとする政府・官僚どもを直撃し、震撼させた。米帝・オバマや国防総省官僚は、わが革命的戦闘の打撃と波及を最小限にすべく、「キャンプ座間」司令部に指示し、早期の「コメント」を無理やり公表させた。本戦闘の政治的波及力は、全世界に発信され、帝国主義と全世界で戦闘的に闘う労働者人民を鼓舞したのだ。

 わが革命軍は、「敗戦後70年」を結節点として、侵略戦争を公然と居直り朝鮮反革命戦争衝動をたぎらせ「積極的平和主義」なる犒佇賢瓩鮠Г┐覿鳳Π打椶硫次日米合同軍事演習の常態化はもとより、「秘密保護法」、「集団的自衛権の行使」等各種戦争法、沖縄・名護新基地建設を始めとする軍事基地の巨大化、「原発再稼働」、そして「憲法改悪」と文字通り「反革命戦争をやる国」として反革命突撃する安倍極右政府打倒の連続的戦闘を決死闘いぬく決意である。

 黒田革マルは、「中国の軍事的脅威」を右翼ファシストどもと共に叫びたて、日帝の朝鮮反革命戦争突撃態勢の確立を否定している。また、標榜する「反ファシズム統一戦線」の構築なる代物は、徹底したブルジョア社会の防衛運動である。JR総連・松崎革マルは、JR当局の職場合理化攻撃に全面屈服し、御用組合化を増々深め、JR内で資本と闘わんとする部分への制動を強め、文字通りJR資本翼賛勢力と化している。2・11報復38ヵ年決戦の只中、反革命革マル解体・絶滅戦に革命的テロルの爆発をもって勝利する。

 日帝の戦争政策は、右翼ファシストの跳梁を拡大・激化させている。「行動する保守」を標榜し、差別主義・排外主義煽動を繰り返し、さらに反革命テロルを激化させんとする「在特会」をはじめとする反共ファシスト共を、プロレタリア暴力革命の成否をかけて、銃・爆レベルで殲滅する。安倍極右政府を下支えするファシズム大衆運動を解体せよ。

 極悪の「組織内差別事件」が生起して8ヵ年が経過しても、依然として組織的自己批判の狠悉鎰瓩砲弔こともせず居直り、組織的混乱が増幅する「社会党」(旧ハザマ私兵グループ)の残存反革命テロリスト共を、最後的に革命的テロルで殲滅する。

 全世界労働者人民の闘いと固く武装連帯し、プロレタリア世界革命勝利の展望を生死を賭して切り拓く。