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東北関東大震災被災労働者人民支援大運動を

9・1関東大震災下朝鮮人・中国人大虐殺92ヵ年徹底糾弾
日朝連帯集会へ
(1153号6面)

関東大震災下朝鮮人・中国人大虐殺92ヵ年徹底糾弾

 1923年9月1日、マグニチュード7・9の大地震が南関東一帯をおそい、この「関東大震災」で、10万5000人以上の死者・行方不明者が記録されている。この震災の混乱に乗じ、「流言・飛語」により6600人以上の朝鮮人・中国人の大虐殺が強行された。

 地震発生の9月1日午後から、「流言・飛語」が飛び交っている。東京、横浜などで「社会主義者及び朝鮮人の放火」「朝鮮人は東京の全滅を期して爆弾を投じ、毒薬を使用」「朝鮮人暴動」「暴行」「井戸に毒薬を投げた」などのデマが流れはじめ、またたく間に増幅し、9月1日夕方から、朝鮮人虐殺が開始されている。政府は、9月2日夕方には、東京市と東京府下5郡に戒厳令を敷き、軍隊の一大出兵を強行した。警視庁は、各署に「不逞者取締」を命じている。埼玉県では、9月2日に、県の内務部長名で「朝鮮人来襲」を各郡に伝え、これに備えるべきとの通牒が発せられている。9月3日には、内務省警保局長・後藤が「各道府県」の長官宛に、「東京付近の震災を利用し、朝鮮人は各地に放火し、不逞の目的を遂行せんとし、現に東京市内に於て爆弾を所持し、石油を注ぎて放火するものあり。既に東京府下には一部戒厳令を施行したるが故に、各地に於て充分周密なる視察を加へ、鮮人(ママ)の行動に対しては厳密なる取締を加えられたし」と打電した。憎悪に満ちたデマ煽動による「取締」要請だ。9月3日、同じく内務省警保局は、各新聞社に「朝鮮人関連記事記載禁止」を指示し報道統制を敷いた。こうした行政機関の動きのなかで、在郷軍人会、青年団、消防団などの地域組織を中心に各地で自警団―ファシズム大衆運動が組織されている。「流言・飛語」は、速度の速さ、範囲の広さからして行政と警察権力が中心となり組織的に放ったものに他ならない。

 警視庁の特高警察トップであった正力松太郎は、自ら陸軍第一師団司令部に乗り込み軍隊出動を要請した。軍隊出動の最大の目的は、「蜂起した不逞鮮人(ママ)の討伐」であった。出動した戒厳軍は、陸軍習志野騎兵連隊で拘束・収容した朝鮮人の大虐殺をはじめ、各地で銃剣、日本刀を用い虐殺を強行した。警察も拘束した朝鮮人の虐殺をくり返した。自警団は、警察による武器貸与を受け、「殺害許可」のもとに、手に竹やり、日本刀、とび口などを持って狡鮮人狩り瓩魘行した。朝鮮人識別の方法としては「15円55銭」を発音させて、濁音の発音で識別する方法がとられた。こうした軍・警察・自警団による朝鮮人・中国人の大虐殺は、少なくとも中国人数百人を含んで6600人以上にのぼっている。

 戒厳令の推進者であり、「流言・飛語」に深く係わっていたとされる内務大臣・水野錬太郎と警視総監・赤池濃は、植民地支配下の朝鮮で、それぞれ総督府の政務総監、警務局長をつとめ、「朝鮮独立万歳」を掲げた1919年3・1蜂起の弾圧を直接担ってきた輩である。朝鮮労働者人民の抗日武装闘争に心底から恐怖と憎悪を抱いていた。そして、警視庁の特高警察トップであった正力松太郎は、労働運動、朝鮮人運動の破壊、共産党弾圧に奔走してきたのであり、水野、赤池、正力らをはじめとする国家権力は、この期に、拡大・前進していた在日朝鮮労働者人民の闘いを圧殺し、日本労働者人民と在日朝鮮労働者人民との共同闘争を破壊することを狙い、軍隊の投入と「流言・飛語」をもって朝鮮人・中国人の大虐殺を強行したのだ。

 関東大震災が発生した1923年当時の階級情勢は、1917年ロシア革命の勝利を受け、日帝足下でも階級闘争が高揚・激化していた。1918年の米騒動とそれを経ての小作争議・労働争議の激発、1922年に全国水平社の結成、日本共産党の結成、東京朝鮮労働同盟会、大阪朝鮮労働同盟会の結成などがかちとられ、日本労働者人民・在日朝鮮労働者人民を貫いて階級闘争が前進し、支配階級を直撃していたのだ。のみならず、日朝労働者人民の共同闘争も前進していた。支配階級は階級闘争の爆発・前進に恐怖し、こうした闘いの圧殺を目的に朝鮮人・中国人大虐殺を敢行したのだ。

差別主義・排外主義攻撃と対決し、日本階級闘争の敗北の歴史の突破を

 朝鮮人・中国人虐殺の最中の9月3日には、アナキストの朴烈と金子文子が陸軍に「保護」と称して検束され、そのまま「大逆罪」(ヒロヒト爆殺謀議)をデッチ上げられている。同じく9月3日には、川合義虎(日本共産青年同盟の初代委員長)ら南葛労働会の10人が亀戸署に拘束され、翌9月4日、亀戸署の中庭で習志野騎兵第13連隊により虐殺され(亀戸事件)、9月16日には、憲兵隊に連行された大杉栄、伊藤野枝、大杉の甥・橘宗一が陸軍憲兵大尉・甘粕正彦によって虐殺されている。これらは「朝鮮人暴動の背後には社会主義者あり」という権力の恐怖心から発する弾圧と虐殺であった。当時の「社会主義者」は、亀戸事件や大杉栄らの虐殺については追及の闘いを行なったが、朝鮮人・中国人虐殺については追及の闘いを放棄した。その結果、日朝の労働者人民の革命的共同闘争の前進に致命的な打撃を与え、その後の朝鮮・中国―アジアへの日帝の植民地支配と侵略戦争を許していくのである。日朝連帯、国際連帯の闘いの前進がまさに問われている。こうした日本階級闘争の「負の歴史」を痛苦に総括し、日本階級闘争の敗北の歴史の突破をかけて闘いぬかなければならない。

 2012年、「在日特権を許さない市民の会(在特会)」は、代表・桜井を先頭に、「お散歩」と称して東京・新大久保を数回にわたって練り歩いた。韓国料理店、韓国食材を扱う店などの店頭で「ゴミ、クズ、ウジムシ」とののしり、「コリアンタウンを焼き尽くせ」「犯罪朝鮮人を皆殺しにせよ」と言い放った。新大久保は、在日韓国人・朝鮮人、在日外国人らが多くの店舗を持ち、従業員を含めて多くの在日韓国人・朝鮮人、在日外国人が居住する地域だ。2013年、「在特会」は、「日の丸」「旭日旗」に加え、「韓国人を殺せ」「不逞朝鮮人」などというプラカードを手に「叩き出せ」「ブチ殺せ」と唱和し、新大久保で差別虐殺煽動デモをくり返した。こうした輩の罵詈雑言を絶対に許してはならない。関東大震災時の朝鮮人虐殺を二度とくり返してはならないという日本階級闘争の総括は、ファシスト、レイシストとの徹底対決であり、日本社会に根深く残る差別主義・排外主義との対決である。「在特会」は、元「従軍慰安婦」を先頭とした日帝の戦争責任を追及する闘いへの襲撃や、朝鮮学校への襲撃など数々の反革命襲撃を凶行し、沖縄・辺野古のテント村への攻撃、反原発闘争への敵対破壊などへと踏み込んできている。広島反戦闘争に対しては「核攻撃に対しては核武装を」と叫び日帝の核武装を煽っている。こうしたファシストを撃滅しなければならない。ファシストを撃滅することなしに日朝連帯闘争、外国人労働者と連帯した闘いの前進―日本階級闘争の前進はない。朝鮮反革命戦争突撃を粉砕する革命的反戦闘争を闘い、朝鮮反革命戦争突撃と一体のものとして激化する反朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)―反共・排外主義攻撃を粉砕しよう。

 この夏、中学校の歴史、公民の教科書採択で、「新しい歴史教科書をつくる会」系の育鵬社版を採択する動きが全国で加速している。大阪府東大阪市、神奈川県横浜市、神奈川県藤沢市、栃木県大田原市、東京都の教育委員会が管轄の公立中学校で前回と同じく育鵬社の教科書の使用を決め、大阪府四條畷市、大阪府河内長野市の教育委員会が育鵬社の歴史、公民の教科書を初めて採択し、大阪市教育委員会も育鵬社の教科書を初めて採択した。育鵬社版教科書は、かつての戦争を「アジアの独立のための戦争」であると押し出し、日帝の侵略戦争と植民地支配を正当化する教科書である。一つの例として、「太平洋戦争(大東亜戦争)」という表題を記している。首相・安倍晋三の最側近である総理補佐官・衛藤晟一が、5月に育鵬社の教科書出版記念会に参加して祝辞を述べており、安倍政府と育鵬社の「蜜月関係」も明らかにされている。

 教科書採択をめぐる攻防は、新たな教科書攻撃との対決である。「新しい歴史教科書をつくる会」系の育鵬社版教科書採択を許してはならない。教科書攻撃は、「集団的自衛権行使」容認から「安保法制関連法」成立を通し、本格的「戦争国家」へと至らんとする安倍政府の戦争政策の一環である。革命的反戦闘争の爆発をかちとれ。
 

関東大震災下朝鮮人・中国人大虐殺92ヵ年徹底糾弾
9・1 日朝連帯集会


日時 9月1日(火)午後6時

場所 東京都人権プラザ(東武・メトロ・都営浅草駅下車)

主催 日朝連帯活動者会議