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東北関東大震災被災労働者人民支援大運動を

センターデモ・決起集会をうちぬき、メーデー上映集会をかちとる 〈大阪・釜ヶ崎〉 (1181号4面)

センターデモ・決起集会をうちぬく

 「反戦・反失業を闘う釜ヶ崎労働者の会」は、5・1メーデーを、早朝のセンターデモと決起集会、午後一時からの上映集会として闘いぬいた。

 午前4時40分、「釜ヶ崎労働者の会」の仲間は、真っ暗な中、釜ヶ崎のセンター周辺に結集する。青色ゼッケンを身につけ、ポールに赤旗をつけ準備にはいる。午後5時、シャッターが開くと同時にセンターに突入し、センター内でデモを開始する。赤旗がひるがえり、「ワッショイ!」の掛け声、笛の音がセンター内に響き渡り、労働者からの圧倒的な注目を浴びる。デモの後、すぐさま、決起集会が開始される。「アブレ(失業)と野垂れ死にを押しつけ、反革命戦争へと突き進む安倍極右政府を打ち倒そう!」「全世界の労働者の闘いに連帯しよう!」「本日のメーデーの闘いをやりぬこう!」と声高らかに宣言する。センターのど真ん中に陣取った仲間たちは、シュプレヒコールをセンター内に響き渡らせる。次に、基調提起がおこなわれ拍手で確認される。最後に、もう一度シュプレヒコールだ。「仲間の命を守りぬくぞ!」「すべての原発の廃止をかちとるぞ!」「日帝の核武装を阻止するぞ!」「失業と戦争を押しつける安倍極右政府を打倒するぞ!」「全世界の労働者と連帯して闘うぞ!」。「釜ヶ崎労働者の会」のセンターデモと決起集会は、センター内で情宣をしていた他の釜ヶ崎の団体と比べ、圧倒的な存在感と絶大な注目を集め、大成功をかちとった。決起集会を終えた仲間たちは、すぐさまビラまきに移り、午後1時からのメーデー上映集会への呼びかけを行なっていった。

 メーデー上映集会は、午後1時から西成区役所の裏にある西成区民センターで開催された。開始前から多くの仲間が結集してくる。集会のはじめに、早朝にセンターでデモと決起集会をうちぬいたことが報告される。次に、釜ヶ崎メーデーのスローガンが読み上げられシュプレヒコールがあげられる。そして、連帯メッセージの紹介である。沖縄・首里日雇労働組合、福岡・築港日雇労働組合、東京・山谷日雇労働組合の連帯メッセージが読み上げられ大きな拍手が送られた。

西成区民センターで上映集会を開催

「釜ヶ崎労働者の会」が基調提起
 まずは、基調提起だ。「寄せ場春闘で俺たち『釜ヶ崎労働者の会』は、釜ヶ崎で、唯一、業者(資本)に大幅な賃上げと労働条件の改善を求め『春闘要求書』をつきつけ闘った。大阪労働局(国)に対しては、『すぐに失業対策事業をしろ!』『釜ヶ崎解体攻撃である爛札鵐拭悉名・移転瓩鬚笋瓩蹇』。大阪府・大阪市に対しては、『54歳以下の労働者も就労できる狷払いで住民票のいらない仕事瓩鬚垢阿砲弔れ!』『犢睥霄堝段明響飮業瓩陵住擦鯊臧に増やし、希望者は週3回・月13回以上(日雇い雇用保険がとれる回数)仕事に就けるようにしろ!』『釜ヶ崎労働者への犹纏出し瓩里燭瓩陵住擦魍諒櫃垢襪茲Α国に強く要求しろ!』『犢睥霄堝段明響飮業瓩凌卦受付は、毎月おこなうようにしろ!』『釜ヶ崎解体攻撃である爛札鵐拭悉名・移転瓩鬚笋瓩蹇』とつよく要求してきた。3月28日、全国の日雇い・野宿労働者とともに『反戦・仕事よこせ』を掲げ、国(厚生労働省)、ゼネコン(日建連)、資本家(日本経団連)を追及・弾劾する『寄せ場春闘集中行動』を東京で闘った」「今、釜ヶ崎では、当事者の俺たち日雇い・野宿労働者を排除して『西成特区構想』による『センター縮小・移転』=釜ヶ崎解体攻撃がかけられている。『あいりん地域のまちづくり検討会議』は、萩之茶屋小学校で6回おこなわれ、誰でも参加できるものだった。その中で、次のような貴重な意見が出された。『このような、みんなが意見をいえる場を継続してほしい』『労働に関しての話しあいが不十分である』『労働者の意見を代表者がいえるのか、労働者の意見をきくべき』『野宿者問題はどうなるのか』『センター建替え中、2階で寝てる方がどこで休んだらいいの?』『休憩する場がほしい』『駐車場も含めると労働福祉センターは規模拡大』『役所や職安が本来の仕事をしたら規模はもっと必要なのでは』『車(求人)のことを考えると大きい道路(新今宮駅側)に面していたほうがいい』。ところが、俺たちを排除し行政主導で今おこなっている『あいりん地域まちづくり会議』では、これらの貴重な意見が、ほとんど無視されている。行政は、センターの耐震問題を責任も取らずに今まで放置してきた。あぶないからと言って、『センター縮小・移転』を強行しようとしている。白手帳をもっている日雇い労働者が減っていることを理由に、利用者は減っていると強弁し、センターを二分の一以下にし新今宮駅側を金儲けのための商業施設にしようとしている。アブレてダンボールをしいてセンターの三階で休んでいる非常に多くの労働者のことなど何も考えていない。3月30日、大阪市・西成警察署による花園公園の行政代執行こそ『センター縮小・移転』の正体だ。野宿者の暴力的な排除は、差別であり、野宿しているなかまへの襲撃(死)につながる。野宿者の命がどうなっても関係ない殺人行政=大阪市を絶対に許してはならない。釜ヶ崎の主人公は、俺たちだ。俺たちの命と生活をないがしろにすることなど断じて許さず、『西成特区構想』による『センター縮小・移転』=釜ヶ崎解体攻撃を粉砕しよう!」「生活保護のしめつけを決して許してはならない!」「沖縄労働者人民と連帯し、普天間基地解体・新基地建設阻止・日米安保粉砕を闘おう!」「全世界の労働者の闘いとガッチリと結びつき、国境を越えた団結をつくりあげていこう!」。基調は参加した仲間全体の拍手で確認される。
「フツーの仕事がしたい」「死んどるヒマはない―益永スミコ八六歳」を上映
 いよいよ、上映会だ。1本目は、「フツーの仕事がしたい」という実話だ。「ハッキリ言ってどん底だった。労働組合と出会うまでは」と語るセメント輸送運転手は、元請・住友大阪セメントの二次下請け会社で働いている。月552時間(1日平均18時間以上)にも及ぶ長時間労働、家にも帰れない日々が続き、心身ともにボロボロな状態におちいる。「会社が赤字だから」と賃金も一方的にカットされ、燃料代も自腹を切らされるようになる。命を削りながら頑張っているのに全く生活はよくならない。「なんとかしたい!」。労働者は、藁にもすがる思いで労働組合の扉を叩き、生きるための闘いを開始する。会社からは暴力的な組合脱退の強要をうける。母親が心労で死亡、葬儀場にまで押しかけてくる。気が弱かった労働者は、勇気を振りしぼり、会社の横暴と何度も体を張って対決する。そして、ついに、元請、1次下請け会社の謝罪をかちとり、自らの権利・要求をかちとる。参加した労働者たちは、自分自身のことと重ね合わせ、食い入るように見入っていた。

 2本目は、「死んどるヒマはない―益永スミコ86歳」が上映された。天皇制ファシズムのもとで、みずから積極的に戦争に加担し、多くの兵士をアジア侵略戦争に送り出したという自責の思いから、戦後、さまざまな反戦闘争を闘ってきた益永スミコ氏のドキュメンタリーだ。益永氏は、「兵士も悪いが、天皇の赤子となり何千万ものアジアの民衆の虐殺に加担した私はもっと悪い」と語り、その思いから死刑廃止運動や、「日の丸」「君が代」強制反対の運動などに献身的にかかわる。ベトナム反戦闘争のうねりの中で、女性医療労働者の労働組合を結成した益永氏は、「そのときから初めて歴史というものを学んだ」という。国の決めたことには「従わない」と言い切り、「まずは自分のできることから」と一人でも街頭に立ち人々に訴えかける益永スミコ氏の姿に、仲間たちはそれぞれが感動し見入っていた。

 最後に、「これからも『反戦・仕事よこせ』の闘いを団結して闘っていこう!」「釜ヶ崎解体攻撃を粉砕しよう!」と提起し、「団結ガンバロー」三唱で集会を締めくくった。